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独立事業主生活10年間で捨てたもの、失ったもの #1371

time 2018/10/03


 

2006年にサラリーマン(といっても成果主義寄りの外資系)から独立事業主(という名のフルコミッション生保マン)に転職して、この8月でまる12年を経過した。

一応生保マンとしての最初の2年間は研修期間として位置付けられているので、真水での独立事業主という意味では、ちょうど10年と少しを経過したことになる。

思えば、長いようで短いようで長い道のりだったが、でも一瞬だった。振り返って、得てきたものもたくさんあったけれど、捨てたもの、失ったものもまたたくさんあったなぁと思う今日この頃。

 

今日はそんな独立事業主生活10年を経てきた(1の位を八捨九入して)アラサー男子が考える、

独立事業主になって捨てたもの、失ったもの

について書いてみたい。今後独立事業主(同じく生保マン、起業など)を目指す方は参考にしてください。

 

なお、起業に関しての格言で言えば、一番最初に失うもの、それは

時間とお金

であると言われています。ヒー!時間とお金を求めて起業しちゃいけないってことね。

***

独立事業主になって捨てたもの、失ったものシリーズ

がこちら。良い悪いではなく、良い意味でも悪い意味でも捨てたなと思うし、失ったとも思う。

 

1、「華金」が嬉しいという感覚

僕が勤務する神田駅には、金曜日も夕方になると、ニコニコしたサラリーマンたちがワラワラとどこからか湧いてくる。それはさながらテラフォーマーのよう。そして21時を過ぎると、道端をフラフラするおっさんたちがさっき入った店から出てくる。皆、一様に楽しそうだ。

僕には、この感覚が20代中盤からもはやない。「華金?なにそれおいしーの?」という感じ。金曜だからめでたい、すなわち、「土日が嬉しい」、という感覚なんだろうけど土日なんてだいたい仕事だ(った。最近は子供がいるので減らしている)から、嬉しいもなにも、金曜日は土曜日の前の日でしかない。

っしゃー!飲みにいくぞ!とか言ってみたい。僕にとっては「華金」ではなく、「並金」。

 

2、会社が支給する経費

独立事業主になると、「経費」という言葉の持つ意味が全く変わる。サラリーマン時代は、経費を使うことによって、(普段食べられないような豪華なものを食べながら)顧客の接待をすることができた。サラリーマンの鑑、島耕作ですら接待を日常的にしているのだから、潤滑油として必要だったのだろう。

今はそれができない。経費と言っても、自分の収入の中から出さなくてはいけない。誰かと会食するのも、勉強会も、そして交通費も、全て経費という名の自腹だ。そんなわけで、費用対効果みたいなものはかなり厳しく見るようになった。もちろん短期で報われるもの、中長期を考えねばならないものあるが、「とりあえず接待しとけ」みたいなのは皆無。

 

3、未来予想図Ⅰ、Ⅱ

これは新卒でサラリーマンとして働いた外資の会社からしてすでにあまりなかったけれど、独立事業主になるとさらになくなる。平たくいうと、「◯才で◯◯職になるのか、だったらもっと頑張ろう」みたいなプランが一切ない。島耕作が生きる世界のように、「同期の中で役員の椅子に座れるのはひとつまみ」みたいなのもない。

実際、十数人いた同期は、入社して数日後に1人いなくなり、3ヶ月後にまたいなくなり、1年経つ頃には半分近くなり、10年経つ頃には5人になっていた。業界全体では生保レディも含めると「2年で9割がいなくなる」と言われている業界であり、キャリアプランもへったくれもなかった。ある意味で、全てが自分次第ということでもあったため、周りと比較する必要がなく僕は楽だった。

 

4、昇進と昇格と昇給

これも独立事業主になって失ったもののなかで大きいかもしれない。3同様、未来は全て自己責任において創り出すものであり、自分の評価を決めるのは全て自分であった。売れる売れないは最終的には顧客に依存するものの、売れてる人がいるわけだから、それが叶わないのは全て自分の責任、と素直に割り切れる面白い世界である。

年齢とともに昇進も昇格も昇給もある、というのは、ある意味で未来を担保してくれる。僕も「課長」とか「部長」と呼ばれたかったが、それは叶わなかった。50才で僕の5分の1の年収の人も普通にいたし、僕より年下で数倍を稼ぐ人も普通にいた。実力主義とは極めてフェアであり、また残酷でもあった。

 

5、固定給

独立事業主というのはすべてフルコミッション形式であり、生保マンはその代表格でもあった。これはサラリーマン側からすると「厳しい」と見えるようだが、一旦こっち側に来てしまうと、ビジネスを本質的に理解する上で極めて有効だったように思う。

つまり、「世の中に提供した付加価値のうちの、固定費やバックオフィス人件費を除いた◯%が報酬」という形式はビジネスの本懐からすれば全くその通りで、若手は給料分の数倍稼ぐが、おっさんは給料分の数分の一しか働かない、みたいなサラリーマン型給与の方がはるかに不自然であるということがわかった。固定給がないゆえに、そういった不均衡は一切存在しない。その場その場での自分の付加価値が、如実に報酬に反映されるのは、フェア以外の何物でもなかった。

 

6、現状維持を愛する心

これは間違いなく捨てた価値観であり、失った価値観でもある。僕は本来、保守的な人間である。大学に行ったのも、やりたいことがあったからではなく、モラトリアム期間に依存したかったからだ。つまり、「意思決定」をしたくなかった。はっきり言えば、就活も「安全に高額なサラリーが得られるところ」を受けた。ミッションもパッションもない、ただのクズだった。(のくせに外銀とか外資コンサルを受けるあたりが世間知らず)

ただそんな僕でも、生保業界に入って「2年で9割がいなくなるよー」と入社したあとで知らされてからは、勉強した。現状維持なんてクソくらえと、努力を始めた。現状維持を愛する人たちが面白いように脱落していく様子を見ながら、やべー、マジでやべー、とひたすらあがく日々であった。僕たちにとって、現状維持は退化ではない、市場からの退出なのである。

 

7、嫌いな人とうまくやるためのエトセトラ

島耕作シリーズを見ていると、さすがサラリーマンの鑑だけあって、嫌いな人との付き合い方が超絶うまい。これは数十年に渡り魑魅魍魎溢れる世界で生き残ってきた処世術なんだろうなと思うが、どうやら僕はそのエトセトラを手に入れるための努力を25才で捨ててしまったようだった。

独立事業主になると、嫌いな人とは仕事をしない、顧客にしない、ということが許される。会社から与えられるものは何もないし、マーケット開拓は全て自己責任なので、自動的にそうなる。ということで気分よく働くことができるし、周りには好きもしくは嫌いじゃない人しか置かないため、かなりヘルシーである。その意味でのストレスは一切ない。

がしかし、いかんせん「嫌いなヤツとうまくやるためのエトセトラ」だけは、一向に身につかない。誰からも強制されないことは、嫌なことなのでやはりやらない。たまに嫌いな人にも笑顔を向けられる人を見てると、マジですごいなと尊敬してしまう。いわゆる「うまく世渡りする」ことが僕にはできなくなってしまった。

 

8、自分だけが豊かになろうとする発想

これは究極的な矛盾を孕む言い方になるが、自分が限りなく高いレベルで豊かになろうとすると、自分だけが豊かになろうとしていては絶対に叶わない。周りを豊かにし、自分も豊かになる。そういう、どこぞの自己啓発本に書いてありそうなむずがゆい理想論を、本気で追い求める必要が出てくる。

僕にはひそかな野望があり、僕と関わる個人がみんな年収5000万から1億になり、僕と関わる法人がみんな年商100億になったとしたら、それは自動的に僕の豊かな人生を保証する状態であると言える。目の前の人が年収500万で、目の前の法人が年商1億円だとしても、どうやったら先に述べた状態になるかなー、どうやってもってこうかなー、なんてことを妄想しながら、その人、その会社と付き合うようにしている。

 

以上が、僕が独立事業主になって捨てたもの、失ったものである。あ、あとテレビを見る時間。これは激減したわ、そういえば。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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