(1つのサーティワンアイスを巡って戦いを繰り広げる1号機と2号機)
1号機が9歳になった。めでたい!
ほぼ毎日言っているけれど、生まれてきてくれてありがとう!
マジで愛してます!
 
「ああ、心拍動いてないんでもうダメですね。来週お掃除しましょう。」
とクソみたいな産婦人科医に誤診された9年と10ヶ月前。危なくこの世に生を受けることなく「お掃除」されそうになった1号機。
その後泣きながら念のためと思って転院した先で言われたのが、「なんの問題もありませんよ、元気に育ってます」という言葉だった。
この地獄と天国を往復して産まれてきたのが、1号機だった。今では立派に「おねえちゃん」をやっている。
***
さてその1号機。愛していることに変わりはないのだけれど、一方で最近ますます親をイラつかせる言動が増えている。
 
「なにしてるの?」と聞くと、
「せいかつ(生活)してる」
との答え。ぐっっ。
 
「話聞いてる?」と聞くと、
「みてわかんないの?」
と返してくる。このやろー。
 
かと思えば、
「パパ、きょうはおしごといかないで、いっしょにいて?」
とかニコニコしながら言ってくる。もうなんなんだおまえは!
 
さすが9歳児。そろそろ色々めんどくさくなってきている。
***
で、そういったイライラ系の発言とは別に、最近特に激しいのはママとの戦いで、これが目を覆うほどの惨状。ゴジラとミニラが同時に熱線吐いてるみたいな戦いが、毎日繰り広げられている。
客観的に見れば、どう見ても3歳児の方が厄介。今でもたまに大なり小なりを漏らしてパンツをダメにするし、昼寝が足りないと錯乱する。気づいたら床に絵を書いていて、ご飯は30分経っても食べ終わらない。そのくせすぐに「おなかすいたー」と暴れる。
できることが増えてきた以上に、未だにやっぱり何にもできないのが3歳児であります。ああ、可愛いけど厄介。
なのに、この厄介な3歳児にママが怒ることはあまりない。当たり前と言えば当たり前かもしれないけど、2号機はめちゃくちゃやってるのにあまり怒られない。
 
そして、代わりに怒られてるのは9歳の1号機であります。
起きる時間が遅い。勉強を始めるのが遅い。問題文をちゃんと読んでいない。食器を片付けていない。着替えるのが遅い。家を出るのも遅い。返事が曖昧。
朝起きてから家を出るまでの1時間半で、100回ぐらい怒られてるんじゃないかと思うぐらい、怒られまくってる。そして最近、ミニラになった1号機は、ちゃんと火を吐いて応戦するようになっている。
畢竟、家は戦場となる。1号機はいつも言っている。
「なんであたしばっかり!!!」
***
誰でもおわかりの通り、9歳児と3歳児を並べてあれこれやらせると、当然のことながら9歳児の方がクオリティ高く仕上げることができる。3歳児は、なんなら途中で投げ出すし、場合によっては泣き出すし、収集がつかなくなる。粗相だらけである。
 
つまり、9歳児が怒られる理由は、
粗相が多い
からではない。
 
ではなぜ、1号機は怒られ、2号機は怒られないのか?
それは、
親の期待値
がまるで違うからである。
 
2号機に対しては、失礼な言い方だけれど、あまり多くを期待していない。出来ないのが当たり前。出来たらすごい。
だから、トイレですら、出来ただけで褒めまくっている。塗り絵をぐちゃぐちゃに出来ただけで、アンビリーバボー。
 
一方の1号機に対して、トイレがうまくできただけで褒めることはさすがにもうない。むしろ、トイレ以外にもいろんなことができるはず、と高い期待をしているので、それらが想定より出来ないと、1号機は怒られる。その繰り返しになっている。
1号機、どんまい。でも、君が怒られるのは、僕たちがめちゃくちゃ期待しているからなんだよ。
***
1号機、2号機の事例のみならず、人がイラつくのは、上述の通り、誰か、もしくは何かに対して、
期待しているから
であります。
 
これはとても厄介な事象であって、全く期待しないというと非人間的に聞こえるし、期待しているとそれが裏切られたときにイライラする。
人間というのはかくもアホな生き物なのだと思うしかないのかもしれないけれど、誰しも大なり小なりこの衝動からは逃れられない運命にあるのではないかと感じる。
 
処方箋はなくはない。あるようでないようで、実はかなり高度だけどある。
それは、
信じる、しかし過度な期待をしない
という、絶妙なマリアージュを完成させることだ。
 
1号機を、2号機を信じる。できるはず、やれるはず、と信じる。
しかし、同時に期待しない。できなくても、やれなくても、そもそもそれありきで考えない。常に複数の選択肢を考え、ワーストケースでも無問題なように準備しておく。
先日の2号機の運動会で、散々練習したはずのお遊戯が、緊張のせいか全くできなかった。微塵もイラっとしなかったかと言えば、嘘になる。
しかしすぐに自分の心がバランスを欠いていることを思い出し、お遊戯をがんばってきたであろうその積み重ねを、しかし緊張で本人が一番困っているであろうその現状に想いを馳せ、膨張しつつあった期待を収縮させた。
もちろん、心の中ではずっと2号機を信じていた。
***
この超絶難しい
信じる、しかし過度な期待をしない
という必殺技は、そうと意識しないと絶対にできるようにならない。一朝一夕には手に入らず、日々訓練しないとモノにはならない。
 
イラっとしたとき、怒りが湧いてきたときに、
「ああ、自分が過度な期待をしているんだ。
自分の思い通りの結果を求めてるんだ。
ある種の自分のワガママなんだこれは。」
という思考に瞬間的になれないと、期待がある種の暴力となって相手に降り注ぐ。
 
僕も日々出来てるとは言わない。むしろ出来てないことの方が多い。
昨日も、よくわからないことを言う1号機に怒ってしまったし、できることが増えてきた2号機に、過度な期待をしてしまっている自分もいる。
それでも、期待は自分の願望の現れであり、なんならただのワガママに過ぎない可能性もあるということを常に想像できる自分でありたいとは、いつも思う。
ちなみに、こじはるがIT社長と付き合っていると知って怒り狂ったあだずです。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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