※エントリが消えてしまったのでうる覚えどす。
よく勘違いされるのだけれど、僕は走るのがあまり好きではない。
にも関わらず、フルマラソンは年に2−3回、ウルトラマラソンが1−2回、トライアスロンはロング含めて年3−4回出ている。12ヶ月のうち、8ヶ月ぐらいは何らかのレースがある。
だからよく「走るの好きなんですね!」と言われるのだけれど、もう一度言うと、あまり好きではない。
 
ただ、「走ることの重要性」は理解している。だから走っているというのが答え。
「走ることの重要性」とは、たとえば下記のようなことだ。
・おっさん化しつつあるカラダを走ることでメンテナンスおよび強化する
・走っている時に思考することが実は経営者としてとても重要な訓練になる
・「やればできる」、「継続は力なり」などの格言の実証
・困難にぶちあたったとき、高いレベルへの挑戦に際しての自分の生理反応の確認と克服
・走るという、第2象限(緊急ではないが重要なsomething)に時間を投じる訓練
・上記含めたタイムマネジメントの練習
このあたりは語らせたらあと数十個単位で出てくるけど、とにもかくにも「走ることの重要性」だけは理解しており、その効果の実証のために走っている。
つまり、まだ僕の中で走ることそのものは"Must"の領域であり、"Want"にまでは及んでいない。ただもちろん、ゴールしたときの感覚だけは最高の一言なので、それだけは掛け値なしに好きである。
つまり、全体としては好きなのかもしれない。
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この、
全体としては好きだが、部分的には好きではない
という問題は結構厄介だ。僕の場合、これだけの時間を割いてレースに出ているわけだから、マラソンもトライアスロンも好きじゃないなんて言えないぐらいのめり込んでいるわけだけれど、じゃあ先述の通り、走ることが好きかと言われれば、別にあまり好きじゃない。
 
他にも、
・保険の仕事は好きだけれど、事務処理とアポ取りは好きじゃない。(自分のこと)
・野球は好きだけれど、素振りは好きではない。
・手料理を食べるのは好きだけれど、作るのは好きではない。
なんて事例があると思うけれど、これだと
 
・保険の仕事が好きで、かつ事務処理とアポ取りも好き。
・野球が好きで、素振りも好き。
・手料理は食べるのも作るのも好き。
という人がもしライバルでいた場合には、絶対に勝てない。人との勝負じゃないでしょうという意見もあるかもだけど、それは人と勝負しなくても良いようなレベルに達してから言うべき遠吠えだと僕は思っている。
好きじゃないプロセスだったとしても、もしそれに抵抗なくのめり込むことができたら、競争力は維持できる。そんなことを意思はもちろん、仕組みで実現できるとしたらどうだろうか。
そんな感じの何かが必要だと前々から思っている。
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ところで僕が属するチームでは、皇居ランのあとに「聖地」と呼ばれている焼肉屋さんで栄養補給をしている。場所はばあちゃんの遺言の関係で明らかにはできないけれど、ラン後のタンパク質補給には最高である。ちなみに全力で食べても1人5000円。普通にしてれば1人3500円ぐらい。
ぼんじりとハラミ。ビール瓶のカゴの上に乗って食べる、場末感満載のこの焼肉屋さんのファンは多い。

 
名物、スタミナタンカルビ。もはや何がメインなのかもわからないが、一つだけ明らかなのは、異常な量のにんにく。毎回、家でクレームが出る。

 
焼肉屋界のデザートの中ではトップ3に入る名作、カタラーナ。プリンアイス×白玉×生クリームという最強コンボ。ジャンプ大キック×しゃがみ中キック×アッパー×昇竜拳と同等、もしくはそれ以上のコンビネーション。

 
こんな「ご褒美」が待っているので、毎回チームとの練習は楽しみである。走るのは好きではないが、何なら走ることまで楽しくなってくる。
頭の中で、「走る→焼肉」、「走る→カタラーナ」という式が出来ているこの日、僕は走ることに対してかなり前向きになれる。そしていつの間にか、自分が「パブロフの犬化」されていることに気づく。
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好きなことだけをして生きていく
という考え方があり、多分に今風である。これはこれで良い考え方だと思うけれど、どっこい世の中はそう甘くはないし単純でもない。
どんなに好きだったとしても、僕の保険営業における事務処理みたいに、あるいはマラソンにおける走ることみたいに(これは致命的だけど)、
全体としては好きだけど、部分的には好きではない
ということの方がはるかに現実的で、かつ日常で出会う場面も多いのじゃないだろうか。
そんな時に、本当に好きなことだけをやっていては、保険の仕事であれ野球であれ、何事も成し遂げることはほぼほぼ難しい。やりたいことだけではなく、やらねばならないことが、人生には山積している。Wantだけで生きていけたらどんなに楽かとも思うが、実際には人生の大半はMustだ。
 
そんなときに、自分をより良い方向に向ける努力をできるか、あるいは仕組みを作れるかは、とても大事なことである。やりたくないからやらない、やりたいことだけやる、というのではただの子供であり、大人なんだからそれをどうにかWantの領域までもってくる努力をすべきであると、個人的には思う。
そのヒントが皇居ランの後の聖地で、僕はこの日に限っては完全に「パブロフの犬化」されている。ランの後に焼肉が明確にイメージされており、なんならランニングが焼肉に見えてきてさえいる。
そしてこういう時は、走ることに対してとても前向きに捉えられるようになっている。ランニングラブ状態だ。
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この良い意味での「パブロフの犬化」は、やろうと思えばいたるところで能動的に発生させることができる。
嫌いな事務処理をやる前に、机の上に大好きなお菓子を置いておく。30分以内に処理できたら、食べて良いということにする。
苦手な早起きを成功させるたびに、それを承認してくれる早起き仲間から一言お祝いの言葉がもらえる。それによって1日を承認欲求に満たされた状態でスタートさせることができる。
ややこしい仕事を夜中にこなさねばならないときに、寝室の娘たちの匂いをすっと嗅いでから仕事をする。「何のために」という大目的に一度焦点が行くことで、あとちょっとだけ頑張れる。
 
世の中、やりたいことはたくさんあれど、やらねばならないこともたくさんあり、やりたいことはやらねばならないことをやった先にしか存在しない、という場合も多い。
そんなときにこの「パブロフの犬化」作戦を採れるか否か、そもそもその発想すらなく、やりたくないことはやらないとバッサリやってしまうかで、その後の成果も大きく変わってくるんじゃないかとあだずは思いますです。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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