「キングダム芸人」によって流行る前の連載当初からの「キングダム芸人」を自負する筆者による、「キングダム」に関するマニアックな考察集です。ネタバレ上等、「キングダム」通読経験のある、中級者以上用のエントリをお送りしていきます。
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 「キングダム」で生活が埋まる

前回、「キングダム人生論&経営論①」を書いたことによって、キングダム熱が再燃。

 
写真のように、まだ未読の本が多数あるにも関わらず、kindleで間違ってポチ。仮想空間の書棚が「キングダム」一色になってしまった。
せっかく読もうと思ってたドラッカーも西野亮廣もどこかに押し流され、寝ても冷めても「キングダム」を読む日が続く。(ちなみに昨日は久々のフルマラソンだったので、「ルアァァァァァ!」とか言いながら走ってみたが、見事撃沈。実力がないと吼えてもダメだってことがよくわかった。)
 
朝から晩まで、通勤途中や休憩時間に隙間時間を見てはむさぼるように読み、風呂でも「キングダム」。朝起きておはよう「キングダム」、夜寝る前におやすみ「キングダム」。「キングダム」、「キングダム」。
今ではすっかり気分は大将軍で、コンビニの店員さんの名前が「趙さん」だったりすると、否応無く緊張が走るようになってしまった。伏兵はいないか、龐はいないか、李牧はどこだ、などが気になってしまい、コンビニの出口に目を走らせることも忘れない。
 
さてそんな「キングダム」。今までは毎週のようにヤングジャンプでフォローしたり、どこぞの店に置いてあるのを読んだり、漫喫で読みまくったりを繰り返してきたのだけれど、今回kindleで全巻購入して一気読みした結果、今までおぼろげだったことが見えてきた気がする。
逸るようではあるが、本エントリの結論の1つとしては、
「キングダム」はkindleで一気買いせよ!!!
としたい。ただの趣味として読むのであれば良いが、本エントリの主旨ともなっている人生論、あるいは経営論という点から考えるのであれば、一気買いが一番コスパが良い。
ちなみになんでリアルの本を買うのを推奨しないかというと、カバンに数冊の漫画が毎日入ってたら、ヤバイ奴にしか見えないからである。つまり見栄。見栄って大事。

(コミックスが好きな人はこちらから。)
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 経営者が「キングダム」に見るべきポイント

「キングダム」の最大の見所は、やはりその苛烈極まりない戦闘シーン。「ドラゴンボール」よりはるかに現実的でありながら、「ジョジョ」ほどのキモさはない。適度に血が飛び交い、適度にさっぱりしている。
そしてそんな苛烈な戦闘を繰り返していくなかで、主人公の信が少しずつ大きな漢になっていく姿が、またたまらない。歩兵から百人将へ、そして千人将、三千人将、五千人将を経てそろそろ将軍になろうとする信の姿は、かめはめ波をいくら撃とうとしてもカラダの構造的に無理だった我々地球人に夢と希望を与えてくれる。
 
さて、そんな現代最高の漫画「キングダム」ではあるが、いちビジネスパーソンとして、またいち経営者としては少し違った視点から見ることをオススメしたい。特に経営者諸氏に対しては、「要チェックやで!」と陵南の彦一ばりに言いたい。
経営者が注目すべき見方、それは、
「どのように戦争をするか」
     より、
「なぜ戦争をするのか!?」
という視点である。
 
物語の大半が主人公・信が暴れまくる設定のため、どうしても眼は戦いの場面に行きがちなのが「キングダム」。
そのありようは、多くが「どのように戦争をするか」に割かれている。信対輪虎、王騎対龐などの個々の名勝負はもちろん、六将対三大天などの軍対軍の展開も、魅力的である。
 
しかし、「戦争論」を記した戦争談義のプロフェッショナル、クラウゼヴィッツがこう述べていることを忘れてはならない。

戦争とは、政治目的を達成するための手段である。

そう、戦争とはそれ単体で発生しうるものではなく、あくまでなにがしかの目的があって初めて成されるべきもの。小さな部族単位であれば食料事情や女性を拉致などの理由で戦争を行うこともあったが、国家単位の戦争となると、戦争そのものは巨大な兵站を伴うため、負担でしかない。
 
つまり、享楽や酔狂で戦争をすることなどありえない。戦争をするには、それ相応の目的が必要であり、それに納得する人間が政治中枢部に数多く存在することが必要、ということになる。
これは現代でもあまり変わっておらず、たとえば戦争が大好きなアメリカでも、議会の承認が必要だったりメディアが大反対したりと、そう簡単には戦争を引き起こせない構造になっている。
 
その戦争を、なぜわざわざ起こすのか。なぜ国運を賭けてまで、国を疲弊させてまで戦争をするのか。
「キングダム」の中では、本当に多くの戦争が出てくるが、そのそれぞれに理由がある。そしてそれらの一つとて、「とりあえずやっちゃいました」というものはない。
攻め込まれた場合の自衛的な戦争はともかく、主人公・信の属する秦国が打って出るときは、必ず戦争の上位概念である「政治目的」がある。その意思決定をする主人公は現場の信ではなく、秦国の王様である政であり、軍の総司令である昌平君であり、宰相である昌文君になっている。
彼らがわざわざ戦争を起こす理由は、まさに経営者がわざわざ会社を興して苦労しながら競合他者と競争しつつ経営をしていくプロセスに重なるところがある。戦争が政治目的の元に繰り広げられるのと同様、経営は経営目的、すなわちビジョンや理念のために行われる。
その因果を頭に入れながら「キングダム」を読んでみると、また違った風景に見えるかもしれない。
特に41巻以降は自衛の戦争はほぼ終わり、わざわざやらんでもいい戦争をガンガンにやっていくのが秦国。そのときのトップの心境やいかに、という視点は、経営者が参考にすべきものだと思う。
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