酷な言い方になるかもしれないけれど、まだ非人間的と思われるかもしれないけれど、もし何らかの分野で現在の場所から離れて前進することを志すならば、
親や友人のアドバイスは極力断捨離せよ
と言いたい。これは、多分どの業界に生きていようが当てはまる話。親や友人は大事だ。でもしかるべき時には、頼らない勇気も必要。
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親は30年前の価値観を持つ人
「家を買うときと、保険に入るとき。この2つだけは、絶対に親御さんには相談しないでください。」と僕はいつも顧客に言っている。なぜ家と保険かと言えば、人生の出費で1−2を争うと言われる高額な買い物だから。何なら子どもの教育も、親の意見は聞くなと言いたい。
なぜか?それは、親は30年前の価値観を持つ人だからだ。
1990年当時、住宅ローンの繰り上げ返済が当たり前だったし、預金金利は8%だった。祖父母世代はお金を持っていたため、僕たちの教育費の補助を頼ることができたし、医療費は1割負担だった。あの頃、お宝保険はたくさんあった。
 
しかし、今は違う。
繰り上げ返済はデフォルトの戦略ではない。マイナス金利で銀行は資産形成に資する存在ではなくなった。僕たちが親のお金を使えば、親たちは自分たちの老後が危うくなった。医療費はいつのまにか3割負担になり、すでに40兆円を突破している。お宝保険なんてものはなくなった。
30年前の人の意見を聞いてファッションをコーデしたら、多分現代的にはものすごくダサくなるだろう。それと同じで、こと金融周りに関しては、親がよほどの現役選手でもない限り、アドバイスを求めるのはナンセンス以外の何物でもない。
 
もちろん、人としてのあり方や、家の系譜や、大事にすべき価値観など、世代を超えてもあまり変わらないものについては、親のアドバイスをきちんと聞くと良い。踏襲すべき点もたくさんあるし、ふとしたタイミングで親と話すことで、大きな気づきがもらえることもある。
でも、変わるもの、移ろいやすいものについて、30年前の人に聞くのは、どんなアドバイスであれ、聞く人自体を間違っているとしか言いようがない。携帯電話のアドバイスを求めたら、ポケベルを推奨されるかもしれない。
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友人は、もともと自分がいた場所に現在いる人
友人は大事だ。ことによっては、親よりもはるかにアクセスがしやすく、そして意見を求めやすい。だから、何かを始めようとするときに、友人にアドバイスを求めるというのは、ごく普通の意思決定に思える。
しかしこれも、僕からすると「やめておけ」の一択となる。例外はほぼない。その友人が同じスピードで走っている同志でない限りは、アドバイスを求めるという行為自体を、やめた方が良いとまで思っている。
 
新しくマラソンを始めることになったとする。マラソンを「始める」ということは、それまでは走っていなかったということになる。当然、友人たちもそういう属性の人たちである可能性は高い。
「やるべきかな?やらないべきかな?」、「どうやって完走したらいいかな?」といったアドバイスをその友人たちに求めても、実のある回答が寄せられることはまずない。なぜなら、知らないことは話せないから。
ただここでありがちなのは、仲が良ければ良いほど、「やめときな」、「無理だよあんた走るの昔から苦手じゃん」、「足痛めるよ」といった「親切な」アドバイス。1ミリもマラソンの完走に寄与しないのだけれど、善意で舗装されたアドバイスがもらえるのである。
 
友人とは通常、今自分がいる場所に、一緒にいてくれる人たちのことを指す。だから心地良いし、一緒にいてストレスがない。しかし一度前進を試みるとするならば、元いた場所というのは、過去のものになる。
マラソンを始めた人に対して、マラソンをしていない友人たちは有益なアドバイスができない。独立しようとしている人に対して、独立をしていない友人たちは、それがいかに危ないことなのかのリスクの話しかできない。若くして子どもができたら、子育てのアドバイスは新しく出来たママ友に聞くのが普通だけれど、それと同じである。
 
前進を続けようとするならば、いつしかこの「自分を思ってくれてるからこその友人のアドバイスが役に立たない」というジレンマと直面することになる。冷徹になれとも合理的に切り捨てろとも言わないけれど、「その話はしない」というのが一番賢い選択肢なように思える。
もちろん、自分の暴走を止めてもらいたいなら、相談すれば良い。でも、前進を強く望むのであれば、以前に自分がいた場所に今もいる人たちに、アドバイスを求めてはならない。
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では、誰に聞けば良いのか?
僕なりの意見を言うとするならば、「その道で3ー5段階上のレベルの人」と答えるようにしている。1段階上ではダメで、3−5段階上の人。これが正解だと僕は思う。
富士山に初めて登る場合。1段階上の人の富士登山経験は、1回。富士吉田口から晴天の日に一泊で男だけのパーティで登った、という話なら、その人はできるかもしれない。
 
一方の3−5段階上の人は、30回ぐらい登頂してたりする。富士吉田口以外の登坂をしてるだろうし、晴天だけではなく雨の日も風の日も経験してるだろう。男だけじゃなく、女子がいる場合のペースも把握してる可能性は高い。どちらに聞けば良いかは一目瞭然である。
ちなみに、その道で雲の上の人にアドバイスを求めるのは、これはこれでおすすめしない。富士登山についてあの三浦雄一郎さんにアドバイスを求めたら、多分、「それはね、山を愛することです」とか言われそう。イチローに野球のアドバイスを求めたら、「野球を好きになることだよ」と言われる、多分。そこじゃない、となりそう。
 
なお、3−5段階上の人というのは、おそらくは「友人」ではない。会うのに少なからぬストレスがかかるだろうし、緊張もするし、覚悟を試される場合もある。
しかし、その道で前進を志すならば、そういう人に臆せずアドバイスを求めにいけるだけの胆力は、間違いなく必要だと思う。そういうものから逃げて、身近な親や友人にアドバイスを求めているようであれば、多分それは前進にはつながらない。
ただの、現在地確認で終わる可能性が高い。僕はよく心友の熊に、「どうやって痩せよう?」と相談していたが、成し遂げたのは90kgの壁を突破すると言う、自己新記録樹立だけだった。
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