ラオウを目指す羅王のブログ

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南青山の児童相談所反対事件がキナ臭い。マスコミの存在価値って? #1438

time 2018/12/23


 

この1週間ほどで燃えに燃えている、南青山の児童相談所反対事件(と勝手に呼ぶ)。

総額100億円を投じて、都心の一等地である南青山に大規模な児童相談所を作るというこのプロジェクトに対して、地域の住民が大反対しているということで、2つの意味でニュースになった。

そして、さらには3つ目のニュースになりそうな予感。なにやらキナ臭くなってきた。

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児童相談所反対事件、2つのニュース

1つは、地域住民の反対そのもの。児童相談所建設に反対する運動の様子がニュースになっている。曰く、

・100億円もかけて南青山に建設する意味が分からない。田町へ行け。(場所と予算の適合性について)

・触法少年もいるなんて、脱走したらどうするんだ。(治安について)

・恵まれない子たちが、幸せな私たちの姿を見るのはかわいそうだ。(格差について)

・南青山の不動産価値が下がったらどうしてくれるんだ。(資産価値について)

といった反対がある。

そりゃそうだよなという反対から、非常に香ばしい反対まで並べられていて、NIMBY問題(Not in my backyadrd=総論賛成だけどうちのそばではやらないで)の難しさを感じる。

 

もう1つは、この反対の声に対する非難。反対に対する反対とでも言うべきか、こういったケースにはありがちな流れではあるけれど、それにしてもかつてないほどよく燃えている。こちらは、

・南青山の価値を下げてるのは南青山の住民そのものだよね。

・なんて心の狭い人たちなんだ。なんの選民意識?

・幸せの基準をお金の側面でしか語れないなんて、かわいそうな人たち。

といった感じで、各著名人や芸能人からも非難の声が上がっている。

 

マスコミはどちらかというとこの2点目のニュースについて着火剤をばらまきまくる方針のようで、連日テレビではいかに南青山の住民たちがズレた人間なのかを報道しまくっている。

この手のニュースは過去にも例があり、幼稚園を作ろうとしたら近くの高齢者が反対しまくって中止になったとかが直近であった。子供の声がうるさい、道路に飛び出したらどうするんだ、などと高齢者が怒っていたという。

この時は僕も、「国家の運営は常に次の世代によって為されるのだから、高齢者の年金は全て子供に振り向けるべし。」とちょっと急進的なことを思ったりもしたのだけれど、心が狭い人たちに対して非難したくなる気持ちは、よく分かる。

今回もどうやら同じ流れになりそうだ。

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3つ目のニュース。結局真実は?

と思ったら、3つ目のニュースが流れてきた。

まず、主な児童相談所建設に反対の勢力となっている「青山の街を守る会」、「青山の未来を考える会」はいずれも、某不動産会社が窓口になっていることが判明した。

当該不動産会社はこの地域で商売をやっているようで、地域住民の反対のいち意見である「不動産価値が下がる」ことにもっとも敏感なのはこの会社なんでないの?と思われても仕方がない。

 

また、地域にお住まいの方が書いたと思われるこちらのエントリも興味深い。

「南青山の子どもたちの未来のために、ひと言」

某不動産会社の自作自演が疑われる内容で、南青山の住民の反対する様子は作られたものである可能性が高いという。

これを以ってこの話が真実で間違いないとか、マスコミ各社の報道が嘘だとか言うつもりはないが、仮に本当だとした場合の南青山の住民各位の苦しさたるや、いかほどのものだろうかと心配になる。

 

もちろん、中には児童相談所建設に本当に反対の人もいるだろう。

あれだけマスコミが「寿司一貫の値段がいくらかを日常会話で出す小学生がいる」、「反対する理由は児相の子がこのへんのランチ単価についていけないからと主張する主婦がいる」と煽っているぐらいだし、実際僕もそういう人種に近い人間を知らないわけではないので、全てが嘘だとも思わない。

しかし、この川奈さんのエントリにあるようなことがもし本当だったとしたら、今集中砲火を浴びている南青山の住民の人たちは、あまりにかわいそうすぎやしないだろうか。

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マスコミにお願いしたいこと。勇気ある変節。

マスコミ各社にお願いしたいことがある。

皆さんが扱う商材は、”News(今知りうる最新の事象)”であることは分かっている。”Facts(=客観的事実、真実)”ではない。”Facts”は、往々にしてその発見に時間がかかるものであり、過ちを犯さぬように”Facts”だけを流そうと思ったら、商売は成り立たなくなる。

資本主義に生きる我々が、どれだけ時間と金と労力をかけても良いから、一義にしか解釈のしようがない”Facts”を流せ、とは言うまい。知りたいことは時事刻々と発生しているのであり、やはりスピード感は大事にした報道をお願いしたい。

 

しかし!しかしである。

新たな事実、以前とは反対の証拠が見つかったならば、勇気を持って変節することを厭わないでいただきたい。前と全然言ってることが違ったとしても、謝ってくれれば良いので、ちゃんと事実を報道していただきたい。

日本は政治家にしろ検察にしろマスコミにしろ、こうと決めたらその方針を貫き、後に別の事実が発覚して変針すべきときがきてもそのまま突き進むという悪い癖がある。

そして、取り返しのつかないところまで突き進んでから、誰も責任を取らない形で破滅を迎える。お笑いかと思うような喜劇的な悲劇が、世の中で撒き散らされている。朝日新聞、まだ謝ってないし。

 

政治や官僚の世界には「無謬性」なる単語がある。これは、簡単に言うと、

政治家も官僚も広く国民から選抜された優秀な主体であり、国全体に波及するシステムを供給するのが役割だから、間違いを犯すことはない。だから何かが間違っていたとしても、それは間違いではない。よって前任者の過ちを指摘することもない。

という、世にも恐ろしい習性のことである。たとえば、小学校の給食には牛乳が出るが、近年は牛乳がカラダに悪いことが立証されつつある。しかしこれを認めてしまうと、今まで牛乳を摂り続けさせられてきた歴史上全ての親御さんから訴訟を受ける可能性がある。

 

また、牛乳を給食に採用することを決定した、以前の閣僚や事務次官が責任を問われることになる。訴訟にしても責任追求にしても、そこまで昔に遡って過去を否定するなんて、そんなことはできませんよ、ということである。

水俣病クラスに大炎上すれば話は別かもしれないけれど、「小さな問題(と彼らが思っている)」にいちいち反省なんかできませんわ、というわけである。

このあたりが民間会社との違いで、公共サービスとして広めることが仕事である以上、仕方のない面はある。しかしいち国民として、全く納得できる姿勢ではない。過ちは認めろや、と普通に思う。

 

この腐った「無謬性」を、マスコミ各社にはぜひ放棄していただきたい。勇気を持って、間違えたことを認めてほしい。さっさと新たな情報をもとに、新しい言説を作り上げてほしい。

なんなら、ネットが発達すればするほど信用されなくなりつつあるマスコミ各社の中で、新しい証拠が出るたびに意見を翻してそのときもっとも真実に近いと思われることを、謝り侍しながらちゃんと報道できるところ、これからは信用を勝ち取ると思うのですがいかがでしょうかね。

大人になって、もっとも失望した業界と言えば断然マスコミで、入らなくてよかったとすら今は思っている。テレビ東京以外は要らない、たぶん。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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