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1467年に起きた「応仁の乱」に学ぶ、戦いの目的を忘れないことの重要性 #1467

time 2019/01/21


 

ふと気づけばこのブログもついに1467号を迎えた。

「1467」と言えば、どっかで見たことある数字だなーと思ってたら、

「応仁の乱」

が起きた年だった。歴史の知識が必ずしも豊富なわけではない身ながら、ちょうど最近こちらの書籍で日本の過去を振り返る機会があったので触れておきたい。

 

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「応仁の乱」の概要

「応仁の乱」と言えば、日本史に必ず一度は出てくる単語であり、言葉そのものを知らない日本人はあまりいないのではないかと思う。しかしながら、その中身について近現代史に比べてスポットが当たることも少なく、ベールに包まれている。

僕自身、「ああ、1467年?応仁の乱の年だよね」程度のことは言えても、じゃあ誰と誰が戦ったのかは全く知らない。ただ、「京都が灰になった」ということだけはなんとなく知っていた程度だ。

 

「応仁の乱」は、一言で言えば

“日本史上最悪の内戦”

だった。具体的な内容の前に「応仁の乱」の結末だけ言えば、

▼総勢27万人の兵による争いが11年間続き、全国規模での内戦となった。

▼前述の通り、戦場となった京都は灰燼と化した。ガバナンスは一切利かなくなった。

▼公家は没落、室町幕府が弱体化し、腕力中心の戦国大名の時代へ。

といった感じだろうか。

室町幕府は鎌倉幕府、江戸幕府に比べて最初から冴えない感じだったが、この「応仁の乱」で一気に弱体化。織田信長に足利義昭が追放されることで正式に終わりを迎えるものの、そこにいたる約100年間の間でほとんど見せ場をつくることができなかった。

 

話を戻し、じゃあ「応仁の乱」はどういう戦いだったのかという点について。詳細は複雑すぎるのとまだ歴史の判断を仰いでいる最中なのでwikipedia先生に譲るとして、ポイントだけまとめると以下のことが言える。

▼元々は細川勝元(のちに東軍総大将)と山名宗全(のちに西軍総大将)の小競り合いからスタート。

▼それが将軍家も巻き込んであれよあれよという間に全国規模に拡大。途中でどちらも総大将が死亡。

▼当然のことながら主催者が昇天したため、誰と誰が何のために戦い始めたのか、終盤には誰もわからなくなる。

▼なのに途中で東軍の勢力が西軍に、西軍の勢力が東軍に寝返ったりしてたのでさらにワケがわからなくななる。

▼当事者が全員戦いの目的を見失い、みんなが疲れ切ったところで戦闘終了。勝者なし。

▼・・・という話がwikipediaに書いてあるのだが、もはや複雑すぎて読んでても全く頭に入ってこない。

これがものすごくざっくりした「応仁の乱」の概要である。もちろん、当事者は全員真剣だっただろうし命をかけていたのだろうけど、申し訳ないが後世からすると「ばかばかしい」の一言を贈ってさしあげたくなる。

あとからは何とでもいえるのが歴史の常であり、しかしよく考えてみると、似たような現象は今も世界で、日本で、あるいは身の回りでたくさん起きているように思う。戦いの目的を忘れるのに戦ってしまうのは、人間の性なのかもしれない。

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当初の戦いの目的を見失った事例

当初の戦いの目的を見失った事例は、残念ながら文明が進歩したと思われる現代にも、たくさんある。

2001年の9.11を端緒に始まったアメリカによる対テロ戦は、途中までは目的がはっきりしていたが、途中からワケが分からなくなっていった。その典型例がイラクに対する大量破壊平気保持の疑惑押し付けで、結局何も見つからずに現地の政情を不安定にしただけで終わってしまった。

しかも昔武器を供与した勢力がイスラム国の種子となり、それが厄介な敵になってマッチポンプと思しき状況になってしまった米軍は踏んだり蹴ったりの状況に陥った。トランプが無理やりにでもアメリカファーストを言い出したのは、ある意味で正解かもしれない。

 

3.11の直後は、日本全体が「頑張ろうぜ!」とまとまっていたと思う。しかしすぐに「大人の事情」が顔を出し始め、復旧や復興以外に残念ながらそこかしこに利権の構造が見えるようになってしまった。

原発がよくないことは分かっているものの、反原発勢力はガーガー言ってるだけで対案を出すことはなく、なぜか安倍首相を批判することや基地問題に口を出すこともいっしょくたにやってくるので、核のない世界やクリーンエネルギーの本格導入に向けての道筋は、見えてはいるもののまだまだ遠い世界の話となってしまっている。

あのとき本当に被害を受けた人たちの生活は、全国民が願ったはずであるにも関わらずまだ回復していない。

 

世界、日本とくればじゃあ身の回りではどうなんだろうねという話になるが、残念な事例は身近なところにもしっかりと存在している。「働き方改革」や「生産性向上」がその典型だろうか。

言葉としては綺麗だし目指しがいがあるのだけれど、その実仕事の中身を変えずに形ばかりの退社時間や自宅勤務にこだわってしまったり、ファックスやハンコ文化を変えずに生産性を上げようとしてみたりと、目を覆うばかりの惨状が目につく。

 

さらにしょうもない卑近な例でいうと、9歳の1号機と3歳の2号機がお菓子を巡って喧嘩しているときなどは、戦いの目的を見失う非常に典型的な事例だ。

喧嘩の原因はどっちもどっちだったりするので仲裁に入り、パパらしいことをそれっぽく言ったりするのだが、2匹の珍獣の回答は、「じゃあパパキライ」になったりする。お前ら、互いにやりあってたはずなのに、なぜそこで連携する??

上記はいずれも、当初の戦いの目的をすっかり途中で忘れてしまった事例である。みなさんもこんなことはないだろうか?

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見失わない覚悟、やめる勇気

生きている限り戦いが存在するのは仕方がない。 物理的な戦争や戦闘は減っているけれど、ビジネスや日常レベルに置き換えれば、それこそ毎日のように戦いがある。

ただ、「応仁の乱」および上記の様々な事例から言えることは、戦いの目的を見失わない覚悟を持つことがいかに大事かということだ。目的を失った戦いは、多方面に展開するわりに何も生み出さない。疲弊して終わるだけである。勝つために戦ってるはずなのに、誰が勝ったか、どう勝ったかが全く分からない戦いなど、意味はない。

さらに、目的を見失ったときには潔くその戦い自体をやめる勇気も必要である。目的を見失わないように戦って、それでも見えなくなってきたのであれば、「はて、この戦いは何のためだったんだっけな?」と振り返ってみる。それで明確な答えが出ないようであれば、その戦いにおそらくもう意義はない。

失うものはあっても、撤退が正解となる。

 

僕が知ってる範囲の相続争いでは、確か100年以上戦い続けている事例があると聞く。

もはや三代目J Soulな感じで世代が3つ4つ入れ替わっており、誰と誰が何のために戦いを始めたのかすら誰も分からず、しかし敵は憎い、という状態が続いているらしい。入り乱れるステークホルダーは合計で軽く数十人を超えており、収集が付く目処すら立たないという。

やめる勇気を持たないと、こういうことになる。人生はそんなに長くない。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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