ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

僕がブログを書く際に気をつけているいくつかのこと

time 2014/01/23


こんぬつわ、文豪です。
 
ブログを初めて約1年、独自ドメインに移行して約1ヶ月が経とうとしています。それなりに前進も停滞も後退も経験するなかで、有難いことに紹介いただいたり褒めていただいたりする機会も徐々にですが増えてきました。実力に伴っているとは言い難いお世辞も多分にいただいた気もしますが、とりあえずはおだてられて木に登るのだけは得意なのでそうさせていただくこととします。
 
さて、せっかくなのでここでこの1年を振り返り、僕が文豪として文章を書くにあたって、『極力心がけていること』、そして『極力避けていること』について、まとめておこうと思います。
 
ちなみに現時点での結論かつ、誰に指摘されたわけでもないので、細かい正誤や巧拙は追求しないでいただけたらなと思います。
 
また、下記に書いてあるからといって、所詮はアマチュアブロガー。全部自分が満たせているとも思ってないし、むしろよく外してます。なによりかなりの部分に自戒を込めて書いてますので、『ありゃ、当てはまっちゃったな!』という方がいたらそれは運が悪かったと思って怒らず素通りしてください。
 
 
まずは分かりやすくするために、『極力避けていること』から紹介します。
 
 

◆『極力避けていること』

 

1、褒めるだけで終わらない

いわゆるスゴイ人に会った時は、日常に比して特に興奮して筆が進みます。この人のこんなところがスゴかった、あんな台詞がカッコよかった、などなど。
 
ただ、そんなスゴイ人と会ったときこそ要注意。ただその人を称揚するだけのエントリになってやしませんか?『こんな人になりたいですね。』とかいう最悪の結論で終わっていませんか?大事なのはそこから先です。そのスゴイ人を褒め称える百もの美辞麗句よりも、そこから何を学び、明日から何をするかのたった一つのアクションの方が一万倍大事です。
 
映画を見るように、人との出会いをただ楽しめればいいというならば別ですが、特に自己成長を目指す人は、他人を称揚するだけでは自分の価値は1ミリも上がっていないことに気をつける必要があります。
 
『このままではこのまま』なのです。
 
先日の小野裕史さんも、いわゆるスゴイ人でした。ハンパじゃありませんでした。でも、それはそれ。僕がその小野さんの話を聞いて何をしたかが重要なのです。結論から言うと早速5つほど動き出し、既に2つほど失敗しました。。アーメン。
 
 

2、転載too muchは基本しない

程度の問題と思いますが、エントリの8割までもが誰か他の人の『スゴイ記事』、『ウケる記事』で埋め尽くされてるのは、個人的にはどうかと思っています。説得力のある誰かの名言や、歴史上の格言には文字どおり『格』があるので、文章に説得力を与えるためには時に必要になるのですが、かといってそれ一辺倒になってしまうと、『で、お前の意見は?』という問いに対応できる部分がなくなってしまいます。
 
虎の威を借る狐になるにしても、その威を借りて自分を大きく見せるためには、プレゼンテーション能力や交渉力、自分より強力な虎に対するマネジメント力など、相応の実力が必要だということです。
 

3、考えすぎない、至高の作品を求めない

ルネッサンス期の芸術家にしてもそうですが、名画名曲と言われる作品の裏には、実は膨大な量の日の目を見なかった作品があります。たまたま人の目に止まったいくつかが、さも狙って描かれたかのように現在まで残っているだけです。
 
空手においては、力を込めて込めて放った100%のストレートのパンチは、大体外れます。逆に、流れの中で打った数十発に及ぶ、80%程度の力しか込められていないパンチが、時にKOを生みます。
 
ブログも同様で、自分が至高だと思ったエントリはスカっと外れて、ぼーっと書いたエントリが時にフィーバーする、そんなものだと思います。
 
ちなみに文章構成はどうしてるんですか?と聞かれることが多いのですが、実際は書きながらほぼ見直さずに勢いで書いてます。今この瞬間に出せるもの、それが実力だからです。その実力をある程度客観視したいので、100%のエントリを書かず、80%程度、ひどい時は50%程度のクオリティでアップしています。それで大したことなければ、それが今の実力です。
 
 
 
では反対に、『極力心がけていること』に移ります。
 
 
 

◆『極力心がけていること』

 

1、ゴールはゴールラインのその先に

水泳の北島康介選手は、ゴールラインの数メートル先に常に自分のゴールを設定して練習をしていたそうです。ゴールが見えると緊張が解けて力が抜けるのが人間の本能から来る特性なので、ゴール手前の1/100秒を争う時にそれが原因で負けることがないようにとの考えからです。
 
チリの落盤事故の際も、助けられるはずの予定時間のずっと先の時間を、救出チームは生き埋めになった作業員の方たちに伝え続けていました。救出が間近だと思うと、精神が弛緩してショック死することもあるからだそうです。
 
僕はこの法則を曲解してブログに適用し、自分のゴールを定めています。すなわち、『考えをうまくまとめること』や『綺麗な文章を書くこと』にゴールを置いてあるわけではありません。それよりも、『この文章を読んだ人が勇気がでるかどうか?』、『一歩を踏み出す一助になるか?』、『実際に踏み出せるか?』に力点を置いています。
 
言い換えれば、『伝える』ことよりも『伝わる』ことを重視しているとも言えます。だから半分近く話し言葉のようになるし、言葉のレパートリーも意識して制限をかけています。(賢い文章が書けないだけじゃね?という指摘は鋭すぎるのでブルシット。)
 
 

2、具体と抽象、本質と事例、右脳と左脳

上記に書いた通り、『伝える』こととと『伝わる』ことは違います。僕が目指しているのは後者です。だから話すときにも書くときにも、具体駅と抽象駅、本質駅と事例駅、右脳駅と左脳駅のそれぞれの間の交通網に関しては、相当に気を使っています。アフリカ人にあんぱんの美味しさを説明したいなら、その美味しさの理論背景とともに、試食できるサイズのかけらをお渡しするようにしている、そんな感じでしょうか。
 
また、言い訳するようですが、写真の能力が著しく低いため、写真は多めどころかほぼ無しでエントリを書くようにしています。写真なしで写真のような情景を思い浮かべていただくこと、これが結構書くトレーニングになります。写真が立派で中身がショボイ、そんなエントリが一番悲しいです。
 
 

3、言いたいことははっきりと

比較的はっきりしている性格のため、ブログもそうありたいと思っています。同意してくれる人もそうでない人もいるとは思いますが、全員に嫌われないようなエントリというのは、別に僕じゃなくても書けると思うのです。また、全員の同意を得られるような歴史上類を見ないような素晴らしい見解というのは、僕には出せそうもありません。
 
美味しんぼの海原雄山のように、『う~む、これは非常にまったりとしてコクがあり、かといってさっぱりとしているからしつこくなく、そよ風のような爽やかさを感じさせつつもパンチのある豚足の旨みが口一杯に広がって・・・』と、『どっちやねん!』と叫びたくなるようなのは特にNG。
 
つまり正誤は別として、僕にとってモスバーガーは正義であってマクドナルドは悪であり、こじはるは大好きだけどまゆゆは許せないということです。本業に関して言えば、人それぞれの考えを尊重したいのは山々ですが、かといって家族がいるのに保険に入らずお酒を飲んだりタバコを吸ったり車を何度も買い換えたりしている人は、残念ながら僕は同じ男としてあまり認めたいと思いません。それは、キーパーとDFを一人も雇わずにサッカーの試合に勝とうとするようなものだからです。都合の悪いことの先送りは、自分どころか家族を不幸にするだけです。
 
てなわけで、それぐらいはっきりしていたいということです。(炎上とかしたら怖いんですけどね。)
 
 
 
 
さて、以上が僕がブログを書くにあたって特に留意している点ですが、皆さんはどないなこと考えて書いてるんでしょうか?きっともっともっと緻密に戦略的に考えている人も、山ほどいることでしょう。僕は脳の容量が極小なので、これぐらいしか思いつきません。他の意見も聞いてみたいなと思いますのでご意見ぼしゅうちゅう。
 
たまにはいいかなと思い、自分のやっていることを因数分解してみました。
 
 
世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただけたことを感謝します。
 
引かぬ媚びぬ省みぬ!
 
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家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。