便利さが不便さを引き起こす


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みなさんこんぬつわ~、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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駅の利便性向上と拡張のためか最寄り駅がずーっと工事しているのですが、「そこにいなくてもいいやろ!!!」としか思えない臨時の管理おじさんが立って、「えー左側通行でお願いします」と大して混んでもいないホームで拡声器を使って叫んでいました。
昨日は渋谷駅から帰ろうとしたところ、新渋谷駅絡みで事故を起こしてはまずいということなのか、それなりに混んでいるホームで3mにひとりのペースでセキュリティおじさんが立っていて、「えー危ないですから黄色い線の内側に~」と注意を促していました。セキュリティおじさんがあまりに多いのでかえって危ないぐらいだったのですが、おじさんたちが手を結べばそれはそれでセキュリティドアの代わりになりそうでした。ちょっと異様な光景でした。
電車に乗っていると毎回不思議なのは、掲示板に目的地が表示され、発車したときと到着直前に次の目的地が連呼され、気温に配慮し、混み具合に配慮したアナウンスが流れます。ニューヨークに行った時は、あまりにアナウンスがなく突然締まるので、二回ぐらい挟まりました。もちろんこじ開けました。
いつも怒りを憶えるのは、地下から上るエレベーターに妊婦さんやベビーカー連れの奥様やおじいちゃんおばあちゃんが乗ろうとしているにもかかわらず、明らかにそれより元気な若者やおねーちゃんやおばちゃんが颯爽と乗り込んでいこうとすることです。個人のことなのでとやかく言うことではない、とは言うものの、社会的正義としてはどうなのか、といつも思います。不必要に便利なものはそれがないと困る、一番必要とする人が使うべきであって、そうではない人は使うべきではありません。
日本は本当に素晴らしい国で、かゆい所に手が届いてるという意味では世界断然ナンバー1です。料理もサービスも設備も、そして僕がしょっちゅう言及するトイレも、全てです。が、上記のいくつかの事例からも見えてくる悲しい事実は、どんどんどんどん、僕たちが頭を使わなくなっているのではないかということ。人は便利さを求める生き物ですが、行き過ぎた便利さは人をダメにもします。過去のダメになったどこかの国のいつだかの王朝の例では、全てを手に入れた王族が、食べるのもお風呂に入るのも歩くのもお付きの人にやってもらうようになった結果、本人は歩くこともできない肥満体になり、溶けるようにして死んでいったといいます。そこまでではないにしても、世界で一番恵まれている国に住んでいる僕たちは、いつのまにか人間として大切なことを忘れかけているのではないか、海外から帰ると毎回のように思います。
電車が来るから危ないということも、外側を歩きすぎたら線路から落ちるということも、左側通行しないと混乱するということも、みんなわかってます。わかっているのに、あのおじさんたちの配置は一体なんなのでしょうか、と思ってしまうのは僕だけ?
ある道路では交通事故が非常に多く、近隣の住民が困っていました。その道路は道幅が狭く一方通行ではないため、人の往来があるとそれを避けるためにそれぞれの車線からはみ出して通行せざるを得ません。そうして出逢い頭、すれ違いざまの事故が多発していたのですが、果たしてある方策によって、交通事故が激減しました。
それは標識を立てることでも、スピード制限をすることでも、歩道をつくることでもありませんでした。また、ドライバーは毎回同じ人ではないため、気をつけろといって全員が気をつけられるわけでもありませんでした。道幅を広くすることもできません。なぜなら、民家が広がっていたからです。ではどうやったのか?それは、
「二車線を一車線にした」
だけです。え?と最初は僕も思いましたが、実際それで事故は激減したそうです。
二車線だとそれぞれの車線の車が「ここはオレの領分だ」とばかりにスピードを上げ、狭い道路ゆえに接触事故も多く発生していました。が、一車線にしたことで、全車両が恐る恐る走るようになり、周囲にも目を配るようになった結果として、ほとんど事故がなくなったそうです。
本来であれば、事故をなくすために二車線にするという発想が生まれたはずです。しかしこの場合は諸々の事情により、機能不全に陥っていました。二車線であれば働いてなかった頭が、一車線になったことによって急に働き始め、周囲への気配り、目線、スピード、感覚をコントロールして事故のリスクを最小限にしようと各ドライバーがベストを尽くすようになったのです。
人間、もっと便利にしたいと欲求には逆らえません。でも時には、不便を活用することで活路が開けることもあります。車という運動不足の元凶が健康不安を引き起こしているとしたら、便利な車を売り払うって歩くという不便を選んだ方が、人生全体で考えればプラスになると言えはしないでしょうか。簡単で美味しいレトルトものは便利ですが、手間暇かけて作った料理の方が美味しいとは誰もが認めるはずです。よく映画に出てくる設定のように、全てを機械がやってくれるようになってしまえば、そのうち人間という不便不合理不条理な存在の価値そのものが疑われ、粛清されることにもなりかねません。
便利なのは有難いこと。素晴らしいこと。しかしそれがないとき、与えられないとき、不足している時にストレスを感じるのではなく、「おっしゃオレ鍛えられてるぜ、バカ脱出だぜ」とポジティブに捉えて不便を楽しめた方が、人間としては健全なのではないかと思います。
とりあえずあのおじさんたちの数は異常でした。税金の無駄をこんなところにも感じる今日この頃でした。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

人生は制約条件で面白くなる


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みなさんこんぬつわ~、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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明日はついに、勉強会の仲間内での「すべらない話@グルメな店」の本番です。遊びに思われる人もいるかもしれませんが、れっきとした自己投資です。一つのエピソードがあって、それに味をつけて笑える形にしてラッピングしてデリバリするというのは、プレゼンテーションの一つの究極形です。
戦略コンサルティング会社でプレゼンテーションを普段からバシバシやっている参加者のひとりは、今まで経験したこともないお題に頭を抱えているそうです。毎回すべり倒す別の参加者のひとりは、「今回はめっちゃウケるから!」と息巻いていました。クールでクレバーな参加者のひとりは、粛々と笑いを取るための準備をしているようです。僕はと言えば、自分で設定した「すべらない話」というお題が自分の首を締め付けており、明日の本番をどう迎えようか悩んでいます。
さて、今回は僕自身もやったことがない「すべらない話」というお題を設定し、出題から約2週間で明日を迎えるわけですが、これが1年後を締切に設定していたとしても、恐らくクオリティに差はないはずだともいます。2週間準備期間があるのと、1年間準備期間があるのとでは、クオリティすなわち努力の度合いはほとんど一緒です。ともすると後者の方が時間の経過により緊張感が下がり、努力もクオリティも降下まっしぐらで本番突入ということも有り得ます。むしろ2週間後に迫った締切のほうが、チカラを出しやすかったりします。時間という制約条件で火事場のクソ力が出るのです。人間は、制約条件下で能力を発揮するという一例を、明日は参加者一同が見せてくれると思います。
もしボクシングの試合にリングロープが張られていなかったとしたら、ボクシングはパンチの応酬ではなく、逃げ足と追い足を競うだけのとてもつまらない競技になってしまうことでしょう。空間という制限条件が、スポーツとしてのボクシングの魅力に影響を与えている例ですね。
小学校に6年間という制限時間もカリキュラムもなく自学自習だけが推奨されているとしたら、恐らく一部の天才少年少女しか、足し算引き算掛け算割り算までマスター出来ないでしょう。時間という制限条件が、人の能力を伸ばすという典型ですね。
日本がここまで経済的に伸びた理由の一つは、資源がないためクソ真面目に働いて付加価値を出すことしか手段がなかったためです。物理的な制約条件が、国を結果的に富ませることとなった好例ですね。
実は人生は、制約条件があることによって、輝きがより増します。何もないときに比べて輝きます。制限条件そのものは、直面している本人にとっては短期的にありがたいものだとは言いづらい存在です。むしろやっかいな存在です。しかし、それがあるからこそ、もっと良い方法やもっと効率的な方法やもっと合理的な方法を、半ば無理やりに脳は考え出します。そうして負荷をかけて考え出した方法というのは、ノープレッシャー下で考え出したことよりも数段冴えている、ということは結構よくあります。
制約条件をすべらない話の締切に置き換えて、僕は明日持論の検証に行ってきます。締切はどれだけ各自に影響、もしくは栄養やパワーを与えたのでしょう?各自、素晴らしいすべらない話を披露してくれることと思います。楽しみ~!!
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我が人生に一片の悔いなし!

時には卵を割ったアドバイスをする


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「一歩踏み出すことが出来ないんです」という悩み、誰にでもあるでしょうしどの分野に関してもあることと思います。ある人はどれに対しても悩んでいるし、ある人は「A分野は思い切り行けるけどB分野は何故か足が前に出ない」といったように、人それぞれ分野それぞれで苦手意識があったりします。今日はそんなときの解決法の一つ。ちなみに僕の場合は、「仕事」に関する分野の場合は足を踏み出すスピードが早いのですが、「ダイエット」なんかですと、もうかれこれ10年ぐらい、「痩せます!」と言いながら何もしてなかったりします。
さて、「一歩踏み出すことが出来ない」という問題。対処法は色々とあるのですが、逆説的に「二歩進んでしまう」という方法があります。「はぁ?」と思った貴方は賢い人です。そして、そんな賢い貴方こそが、賢いゆえに「一歩踏み出せない」人だったりするのではないでしょうか。
一歩踏み出すことがなんとか出来たとします。が、よく考えてみると、軸足は元の場所に置いたままになっていませんでしょうか?つまり、元の場所=元いた世界に置きっぱなしなのです。それでは、一歩踏み出した後に容易に戻って来れてしまいます。これはバスケットボールでいうところの「ピボット」と同じです。(桜木花道くんが得意なヤツ) 一歩踏み出したとして、軸足さえ動かさなければ永遠にクルクルと回っていることも可能です。しかし、それではシュートは打てません。ゴールに近づけないからです。
バスケにおいて敵陣で一歩、そして二歩目を踏み出したら、その後に許される行為は極めて限られます。味方がマークされていれば、シュートを打つしかありません。入るか入らないかは分かりません。が、シュートを打つからこそ入るか入らないかのレベルまで来るのであって、ピボットで安全にボールを維持しているだけでは、永遠に得点は出来ません。下手なレイアップでも良いのです。入るかもしれないのですから。
そんなわけで、一歩踏み出せないとき、あるいは一歩踏み出したけどどうも・・・という時は、逆説的に「二歩踏み出してみる」ということを試してみると良いと思います。「痩せたい」というのであれば、一歩目は「走ってみる」ことですが、こんなの、やめるがいかに簡単かは皆さんご存知の通り。そんな時は、「○○フルマラソンにエントリー!!!」とドラえもんのような声で申し込んでしまうことです。驚く程物事が転がり始めます。
大切なことは、「何を思っているか」ではなく、「何をしているか」です。プロセスも重要ですが、やっぱり成果です。人間、一歩踏み出すのも大事ですが、一歩程度では実はあんまり変わってなかったりします。だったら二歩、踏み出してみる。コレ、意外とやり始めるとハマります。どんどんと進んでいく様子が手に取るように分かるからです。
「一歩踏み出せなかったり一歩踏み出してダメだったら、とりあえず二歩踏み出せ」
こんな非論理的なアドバイスを、周りに迷ってる方がいたらしてあげてみては如何でしょう?「貴方バカですね!でもありがとう!」と言われることうけあい。コロンブスはこうして卵を割ったのではないかと勝手に思ってます。
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すべらない話の要諦


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今週末、『すべらない話』を仲間内で開催します。元々はセミナー仲間で立ち上げた勉強会なのですが、今回のテーマは幹事である僕の独断と偏見で、『すべらない話』としました。どんなすべらない話が出るのか今から楽しみです。普段ロジカル一辺倒のあの人とか、普段スベリっぱなしのあの人とか、どんな話すんだろ。うぷぷっ。
さて、すべらない話をすべらなくするためにこれから一週間かけて四苦八苦するわけですが、流石に幹事としてスべるわけにいかないので、今一生懸命本家の番組を見て研究しているところです。あの番組に出てくる話がどれも面白いのはなぜなのか?について、それぞれのパターンを抽出し、自分にも適用可能なように導き出したルールがいくつかあったのでご紹介します。
ルールその1:オチそのものはそれだけだと意外と面白くない。
ルールというか特性ですね。よく聞けば分かることですが、オチそのものは特に面白いわけではありません。考えてみれば当たり前かもしれませんが、芸人さんだからといって四六時中人生に面白いことが起こるかというと、決してそうではないのです。『多少面白いこと』程度はそこらじゅうに転がっているとしても、『めっちゃ面白いこと』は僕たちよりもちょっと多い程度ではないでしょうか。なので、オチそのものよりも、そこまで至る過程が圧倒的に面白いということになります。右脳と左脳とを駆使し、具体と抽象とを使い分け、身振り手振りや声のトーンの変化をまじえながら、予想できそうで出来ないオチに向けて着々と話を作り上げていくその姿は、毎度思いますが芸術です。
『戦略は順序である』と言われていますが、これはすべらない話でも全く一緒。誰が話してもオチが同じになるところを、話す順番を変えたり、それだけでなく強弱や抑揚をつけて話すことによって、一つの大したことない話が芸術的に面白い話に変わります。だから自前ですべらない話をしようと思ったとき、注目したのはオチよりも、『多少面白いこと』を列挙したときにそこまでの過程が容易に想像できて、かつ再現できて、かつ階段を登るように話が構築できるネタです。
ルールその2:オチは最後に持ってくる。
上と関連しますが、ま、当然ですね。金田一少年の事件簿で最初から犯人が分かっていたら、これほどつまらないものはありません。最後までオチが分からない、これが面白いのです。『こないだウ○コう踏んじゃってさぁ~』などという話の始まり方は何の笑いにもならない。すべらない話を研究しているとそういうことも分かります。『○○なときに○○ってなって、○○だと思ったら全然違って、足元見たらウ○コ踏んでた』というように、仮に同じ題材を選ぶにしてもオチを最後に持ってくることが必要です。ストレートを最初に打ったら勝てません、上段回し蹴りを最初から狙っていったら勝てません、それと一緒です。『ウ○コ踏んだ』、『カツラだった』、『ゲロ吐いた』などのオチは全て最後列に配備するのです。
ルールその3:実は聴衆がとっても大事。
あの番組をよく見ると分かることですが、そもそも何を話してもウケるように出来ています。それは、コンテンツに反応する聴衆がとても楽しそうに話を聞いているからです。話し手以外の芸人さんたちのみならず、別室には多くの芸能人たちがこの面白い祭典を観にきています。よくあるストリートライブやステージ漫才では、聴衆は『面白いか面白くないか』を観にきているのに対し、『すべらない話』の聴衆は『どれぐらい面白いか』を観にきています。面白いことは大前提で、その程度を測りにきているのです。話し手の話に芸人さんたちのあいづちやツッコミが加わり、話は芸術の様相を帯びてきます。実はこの番組、聴衆の姿勢がとっても大事なのです。なので僕たち開催のすべらない話でも、聴衆は測るような仕草を一切禁止し、話し手に同調し、盛り上げ、ツッこむことを義務としたいと思います。プレゼンのときにスピーカーがノれるかノれないかは聴衆の態度次第ということがありますが、それと一緒だす。
実は上手なすべらない話は、ブログを上手に書くことと内容的にほとんど同じファクターを満たしています。ブログを書きまくることには少しずつ慣れてきたので、今度はそれを人に直接伝える形で鍛えることにした、そんなわけで、僕の思いつきに巻き込まれて被弾したロジカルな彼とかスベり倒す彼とか、どうなるのか楽しみにしています。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

問題解決は総大将を狙え!


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みなさんこんぬつわ~、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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僕の今一番好きな漫画はと言えば、泣く子も黙る『キングダム』です(ヤングジャンプ連載中)。まぁ面白い!ドラゴンボールやスラムダンク、漢の聖書の北斗の拳などと比べても遜色ないでしょう。間違いなく今一番輝いてる漫画です。秦の始皇帝が中国を史上初めて統一するまでを描いた作品なのですが、読んでないひとは今すぐマン喫へGO!!
この時代の戦争における勝利は、相手の全軍を滅ぼす必要はありません。頭である総大将を倒すことによって確定します。つまり、仮に1万対3万の戦いでも、1万側が3万側の大将を倒せば勝ちです。残り2万が襲ってきたらどうするんだと個人的には思うのですが、それでも1万側の勝利が確定し、3万側は戦力を十分に残したまま『敗残兵』となります。
詳細は省きますが、この漫画の主人公である信は、ヒーローの宿命なのか、何度も寡兵での戦いを強いられます。ある戦いでこんな場面がありました。どうあがいても正面対決で不利ななか、総大将の指令を受けてわずか100騎を連れて3万を誇る敵の側面に回り込み、横から突入して相手の大将の首を取るというシーンです。100対3万ではお話にならないのですが、側面から突入し、敵の9割方は劣勢の味方が引き受けてくれるということもあり、実際は敵大将の護衛兵を倒せば良いというだけとなりました。すったもんだの末、主人公信は見事敵大将の首を取ります。その戦いは、数的不利にも関わらず、敵の大将を仕留めたということで信の軍の勝利となりました。敵は非常に有能な将軍を一人失う結果となりました。
なんでこんなことを思い出したかというと、最近問題解決について考えていることとピタリ同じだったからです。
問題解決というのは、誰しもが普通に生活している限りにおいて線路の枕木のごとく遭遇するものです。それがなければどれだけラクだろうと思いつつも、問題の発生しない人生など考えられませんし、むしろ問題が起こるからこそ人生は生きがいがある、と言えなくもありません。が、倒さねばならないからにはできるだけ効率よく倒したいものです。決して楽しいものではありませんので。最近僕が発見した問題解決法の一部をご紹介します。
よく考えれば当たり前の話なのですが、これを知らないことで苦労したり時間を無駄にしたりしている例は結構多いのではないかと思います。
一例を挙げます。今僕が抱えている身体的な問題を列挙すると、
A:相対的にかなりおデブ
B:で、かなり汗をかく
C:で、かなり疲れやすい
D:で、かなり腹が減る
E:で、かなりタクシーに乗ってしまう
F:で、かなり仕事に師匠が出てる
G:で、かなり極真で不利に働いてる
ロジックツリーにすると少しヘンかもしれませんが、並べるとこうなります。そしてそれぞれ敢えて別個に解決しようとすると、一例としては下記となります。
A:相対的にかなりおデブ→ヘルシーダイエットを購入して痩せる。
B:で、かなり汗をかく→多汗症専門の医者に行く。
C:で、かなり疲れやすい→疲れにくくなるサプリを飲む。
D:で、かなり腹が減る→満腹感の出るものを優先して食べる。
E:で、かなりタクシーに乗ってしまう→タクシーの運転手さんに定額交渉する。
F:で、かなり仕事に支障が出てる→上司に謝る。
G:で、かなり極真で不利に働いてる→道場により多く通う。
かなり極端に書くとこのようになりますが、あるとき気づいたのです。『コンビニでお菓子買わなきゃいいじゃん』。僕の場合、幼少期より食べていたお菓子を今も欠かさず愛しているという特性があります。たべっこ動物、パックンチョ、カラムーチョ、ヨーグレットなど、お菓子の黄金時代を支えた逸品たちを、今も愛しているのです。僕ってば一途なだけが取り柄なのです。が、これがA~Gまでの全ての原因となっていたのです。なのでこれを断ち切ることとしました。
確かに今まで愛してきたお菓子たちに別れを告げるというのは、僕にとって並大抵のことではありません。が、A~Gまでの全ての解決策にお金も時間も労力もかけて取り組むよりも、『コンビニでお菓子を買わない』という一点集中の方がはるかにラクです。上記の場合、Aが総大将でB以下がその部下たちで、まずはAを退治すべきなのです。Aを倒せば、B以下は自動的にいなくなります。3ヶ月後の極真の試合も、4ヶ月後のフルマラソンも、Aさえ倒せば難なくこなせるはず、そう信じています。
それにしても、どうして今までこんな簡単なことに気づかず苦しみ続けてきたんでしょうか?????
問題解決において、上記のようなアホな事例とまでいかなくとも、似た事例はあります。問題の解決法にばかり目が行き、『どの問題をまず解決すべきか?』に目が行かないのです。もっと言えば、『こいつを倒せばあとは一網打尽』という問題、そんな問題を見つけることが出来れば、問題解決はぐっとラクになります。
問題が散在しているときは、その中からそれらを統括している将軍級の問題を探すことがとても大切です。階層的に一つ上のレベルの問題、他の問題を派生している根源となっている問題、そんな問題というが必ずあります。
そしてとても大事なことですが、将軍級の問題が兵士級の問題よりも手ごわい、とは必ずしも限らないということです。軍隊でも一緒ですが、多くの場合、現場では最前線の将兵の方が、大本営の将軍よりも腕力がある、といったことがままあります。同様に、兵士級の問題が将軍級の問題よりもやっかいという例もあるのです。
僕の場合、多汗症専門の医者にいくよりも、お金をかけてサプリを飲むよりも、タクシーの運転手さんに交渉するよりも、コンビニでお菓子を買わないという将軍級の問題解決法の方がはるかに安上がりで簡単です。そしてこれさえ出来れば、他の全ての解決策は必要なくなります。なんて素晴らしいんでしょう?
『問題解決は総大将を狙え』
難しいようで簡単なようでいて難しいかもしれませんが、目の前の問題が兵士級なのか将軍級なのか、その将軍級を倒すためには実は大した労力は必要ないのではないか、そんなことを知って意識しておくことによって、問題解決のスピードがぐぐっと上がる事例が増えるような気がしています。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
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すべらない話の芸人さんはどこが面白いか?


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現代最高の芸術的番組/.コーナーといえば、『人志松本のすべらない話』と『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』ではないでしょうか。(余談ですが、『ギザ細かすぎて伝わらないアニメモノマネ選手権は見方によっては更に秀逸です。本家より面白いかも。是非ご覧あれ。本当に伝わらない!!』)
http://www.youtube.com/playlist?list=PLsmHKUVljlQawa5KADjpPNFRyNLD-17fG
これらの番組を見ていてふと思い出すのは、日本初のプロゲーマー、梅原大吾さんの著書です。(ご参考:http://kusogakaba.blog13.fc2.com/blog-entry-123.html) 梅原さん曰く
・勝つこと
・勝ち続けること
この両者には天と地ほどの差があると言います。勝つことは、『強みが明確』であれば可能です。『この必殺技が強い』とか、『あいつのあのコンビネーションは最高だ』とか。ところが、ゲームのバージョンが変わったことによりルールも操作方法も若干変わったりすると、それら得意技が使えなくなって途端に勝てなくなったりします。
勝ち続けることは、『強みが不明確』でなければできません。アレが強い、コレが強い、ではなく、全体としてとにかく強い。弱点がない。そして全体的に強いので、なんだかわかんないけど強い。だからこそルールや仕様の変更に耐えることが出来、新しい環境のもとでも引き続き勝ち続けることができるのです。それには常に強みを磨き、弱みをなくし、かつ強みと思われる部分を意図的に捨てて他を鍛えにいく作業が必要です。これは膨大な練習量と、そしてもしかしたらそれ以上に意志力を必要とします。誰だって、自分の強みは捨てたくないもの。しかしそれを躊躇なくするところに、梅原さんの強さがあります。
話逸れましたが、前述のお笑い番組に出てくる芸人さんたちも全く一緒だなと思いました。あるネタで面白い人というのは、約一年間は大人気です。『そんなの関係ねぇ』の小島よしおさんしかり、『間違いない』の長井秀和さんしかり、『フォー』のレイザーラモンHGさんしかり。しかしどの芸人さんも『コレ』が面白いために、それがウケなくなると途端に出番を減らしていきます。『そんなの関係ねぇ』でブレイクした小島よしおさんが、二年目に全くウケない新ネタを披露してのたうち回ってるのをみて、『なんて危機感が高いんだ』と一人で感嘆したものです。普通はまだウケるネタに逃げてしまいますので、その時まだウケてたはずの『そんなの関係ねぇ』で戦わなかった小島さんには、密かに尊敬の念を持ちました。
『すべらない話』に出てくるレギュラー芸人さんたちを見ていると、誰がどう面白いというのをなかなか特定できません。誰のネタがとか、誰の話し方がとか、そういったものでくくれるものではないのです。しかし、とにかくお面白い。なんだか分からないけれど面白い。何度聞いても同じところで笑ってしまう。これがホントの面白さなのだと思います。
勝つことは意外と簡単です。しかし勝ち続けることは本当に難しい。チャンピオンになる挑戦より、チャンピオンで居続けるための挑戦のほうが、ずっと難しいのです。何かの勝負において、ある要因があって勝ったとして、次はその要因がなくても勝てるようにする、これはとてつもないチャレンジです。
とりあえず来週末にリアル『すべらない話』を小規模で開催します。ただ面白いのか、それともずっと面白いのか。勝ち続けることができる人財となるために、まずはお笑い方面からトレーニングをしていきたい今日この頃です。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

サイヤ人が強いのは当たり前理論


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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僕は学生時代に一人旅に目覚め、そしてそんなに多くはないけれど各地を旅してきました。最もエキサイティングだったのはカオスなインド、最も楽しかったのは適当さの極みイタリア、最も憧れたのはハイジを地で行くスイス、最も夜景が綺麗だったのは意外や意外、ボリビアでした。が、最も感動したのはマチュピチュ以外に誇るべきものがあまりないように思えるペルーでした。
もちろんマチュピチュも良かった、インカ帝国の首都クスコも良かった、飯も結構旨かった、などあるのですが、かの国でスーパーガールと出逢ったことが、僕のその後の人生観を変えました。高度3500mを超える高山病と隣り合わせの街クスコで出逢ったその子は、見た目が日本人、中身は中国系オランダ人でした。なんと英語、オランダ語、フランス語、中国語(北京、広東)が出来、スペイン語を勉強しにペルーまで来ているという子でした。僕よりひとつ上の当時若干23歳。
ぶったまげました。こんな奴おるんや、と。そしてともに世界平和(※よく勘違いされるのですが、世界制覇ではありません)を目指す身、何日も語り合いました。一人旅10カ国程度の中で、誰との出逢いが一番強烈で心に残っているかと言われれば、間違いなくこの子を僕は挙げます。今の考え方も、仕事のスタイルも、この子との出逢いがなかったら僕の中には存在していなかったかもしれません。
話は変わりますが、ある起業家の方は、縮小しつつある日本市場だけでなく、世界を見据えて事業展開を始めました。最初はアメリカ、そして成長著しい中国はじめとしたアジア。しかし途中で、距離的には遠いものの、やはり欧州も見逃せないことも気づきました。そこで欧州のHubとも言えるルクセンブルクを訪ねました。びびったそうです。なにせ、国民のほとんど全員が英語、フランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語を話す異様な国家なのです。僕ですら、東京弁と少しの名古屋弁とほんの少しの英語と3カ国後しか話せないのに、国民全体がクワトロリンガル。。恐ろしい。。
僕の奥さんの友達は中国人ですが、その子供は二人とも日本語と中国語のバイリンガルです。お母さんと普通に話す時は日本語、お母さんに怒鳴られる時は中国語、というように、感情というバロメータが使用言語を決定するという、見ていて不思議な光景です。
さて、一部は出来ない言い訳として何度も何度も自分に言い聞かせてきたことですが、言語に関して言うならば、間違いなく才能ではなく環境です。『そういう環境』にいたら、誰でも話せるようになります。日本に生まれた僕達の誰もが日本語に(話すだけなら)不自由しないように、アメリカに生まれ育ったら英語にしないし、中国に生まれ育ったら北京語か広東語に不自由しないし、フィリピンだったら英語とタガログ語、ルクセンブルクだったら先の例のようにクワトロリンガルになってしまうのです。
これは頭良いとかアホとかは関係なく、環境の違いです。僕はこれを、『サイヤ人が強いのは当たり前理論』と呼んでいます。悟空、ベジータを含めたサイヤ人は、惑星ベジータという星をその生まれ故郷としています。その星の重力は地球の10倍で、その戦闘嗜好性とも相まって、通常では考えられない戦闘力を手に入れた、そのように言われています。彼らがもし地球で生まれていたとしたら、『戦闘民族サイヤ人』ではなく『地球一丁目のチンピラ集団』に収まっていたかもしれません。重力10倍の星に生まれたという環境が、彼らの戦闘能力を飛躍的に向上させたのです。
さて、僕がここで言いたいのは、『俺は日本生まれなんだからしょうがないじゃん』という社会に対する逆ギレでも、『サイヤ人が重力10倍の星で育ったのに、重力1倍の地球で育った悟空がそいつらを凌駕したのはどういう了見だ!?』という問題提起をしたいわけでもありません。本人の努力の度合いはもちろんのこととして、その前提条件として環境があることは否定できません。日本に生まれ育ってクワトロリンガルになるにはそれこそ死ぬほど努力が必要と思いますが、ルクセンブルクに生まれていれば、大して意図した努力を必要とするわけではないと言えます。(たぶん)
としたときに、僕達が考えるべきは、自分が目指す方向に対して進む第一歩として、『どのようにしてそういう環境に自分をブチ込むか』ではないか、そのように考えています。
日本にいながらにして英語が学びたいと思った時にするべきは、英語の教科書の一ページ目から目を皿にして読む、ということではありません。それよりも、限られた時間で英語漬けになるために、クソ高い英会話マンツーマンレッスンに申し込んでスケジュールに強制的に組み込んでしまう、家のマンガを全て捨てて全て英書にする、テレビにCNNを映るようにする、iPodの中身を全て英語にする、夜は外人のいるところにしか行かない、FBを全て英語で書く、など、ある程度意志力を無視したとしても『そうならざるを得ない』ような環境を自分に対して用意してあげることです。重力を10倍にすれば、勝手に筋肉も骨も強化されていきますし、周りが戦闘民族(≒英語しか話さない人たち)であれば、自分も曲がりなりにも戦闘民族に近づいていきます。
生まれ育った環境を変えることは出来ないにしても、これから先、自分をどういう環境下において育てて行くか、ということに関しては、大人に関してはほとんど全て自分の裁量権下にあります。また、人間の意志はあまりあてにならないという前提で物事を考えるとすれば、『とりあえず環境を作ってそこに自分をブチ込む』中で強制と矯正が働き、望む方向100%とは行かないまでも80%程度の精度でそこにたどり着くことはできるのではないだろうか、そんなふうに楽観的に考えています。
てなわけで最近習った『ノーポチ』がもしかしたら人間的成長において一番手っ取り早い方策なのではないかと考える今日この頃です。これに関してはまた書きたいと思います。僕だってサイヤ人みたいに重力10倍の星で生まれたかったですよ。。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

一段よいしょっと法について


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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前のエントリで『効率化を極めて幸率化と愉しむ』人生について書きました。そういうことを考えていると、必然的にまずは出来る部分からの効率化を目指さねばなりません。それによって生まれた余剰を以て初めて非効率的な幸率化を愉しむことが出来るからです。ラットレースのラットのような生き方をしていたら、そこから抜け出すのはなかなか難しいでしょう。
今日は効率化の一つである問題解決についてお話したいと思います。大人になればなるほど、知識も経験も増え、問題解決能力は上がっているものと、子供のときは思っていました。大人って悩みなんかないんだろうなぁ、子供だから悩むことが多いんだろうなぁと。それだけ大人は完ペキな存在に見えてたわけです。
ところが、大人になればなったで、いや、なったからこそなのか、問題の数は増える一方で、一向に減少の兆しは見えません。当時真剣に悩んでいた、300円の予算でどうお菓子を買うかといった矮小な問題からはレベルと次元の違う問題が、大人の目の前にはそれこそ線路の枕木の如く立ちはだかります。その問題を毎日毎日潰しながら生きる、それが大人になってからの人生と言っても良いのではないでしょうか。
問題解決の世界には、『問題は、問題の存在が分かった時点で問題の8割は解決している』なる格言めいたものがあります。『パレートの法則』に代表されるように、物事の8割は2割の優先事項で決定されています。『石の目』をご存知の方もいると思いますが、プロの石彫師は、ノミ一つで石の目を見極めてぱかーんと割ります。どの例でも示唆されているのは、物事にはツボとコツがあるということです。
最近思いついた問題解決の方法があります。それは、『一段よいしょっと法』と呼ばれるものです。僕がそう命名したのでこれから呼んであげてください。少し説明します。
ある問題には、子問題がロジックツリー的に複数付随します。例えば今僕が悩んでいるように『太っている』。人からはガタイがいいねとか鍛えてるねとかラオウ手前だねとか言われるのですが、実は内部は事情もあって10年近く慢性化していた運動不足のために大変なことになっています。南極大陸の氷に匹敵する分厚い脂の壁が、僕の体内にはあります。そして、現在及び今後この『太っている』という問題に付随してくる問題としては、
1、醜いと奥さんに嫌われる。
2カッコ悪いと娘に嫌われる。
3、人の万が一よりも自分の万が一を心配したら?とお客さまに思われる。
4、糖尿病になる。
5、それによる合併症を発症する。
6、相関するか分からないけど加齢臭が増す。
7、階段で息切れする。
8、タクシー代が増える。
9、病院代も増える。
10、服の買い替え、スーツの買い替えが頻繁になる。
11、ゆえの高コスト体質家計になる。
12、ますますやる気がなくなり、もっと太る。
13、いつまでも昔の栄光にすがって生きるイタイ奴になる。
14、体重と反比例する見事な右肩下がりの人生になる。
15、トータルして自信がなくなる。
ぱっと思いつく限りでも相当な量の問題が発生します。さて、これらの問題に対する解決策のいくつかを考えてみたいと思います。例えば、糖尿病になるなら、より良い薬を飲み良い治療をするのが賢明です。合併症になっても良いように、保険で三大疾病以外もしっかり手当てしておきたいところです。病院代が増えそうなので、サプリを沢山飲む必要がありますね。高コスト体質家計になるのであれば、より一層電気水道の節約に気を遣い、子供のおもちゃを減らさねばなりません。カッコ悪いと娘に思われるのも癪なので、当然ブランド品を全身に身にまとい、香水でカバーするのが素晴らしい問題解決策になります。タクシー代が増えるなら、いっそ都心住まいだけど車を買ってしまいましょう。
・・・。
・・・。
上記、一見して分かるように、『無駄』だらけです。僕がすべき唯一にして最大の問題解決は、『痩せる』ことだけです。それで上記に挙げた15個全ての問題が解決します。『痩せる』ということ、そのたった一つが実現出来れば、それに付随するはずだった問題達を発生の段階で根絶することができます。なんて簡単なんでしょう!!??
さて、こういうことは日常にもよくある話です。目の前に問題が展開していて、その解決を直接的に行った方が良い場合、それも勿論あります。しかし往々にして、それは『子問題』であるケースが多いのではないでしょうか。『一段よいしょっと法』によって一段高い『親問題』にフォーカスし、そこを徹底的に叩くことで、驚異的な効率にて、問題解決が可能なのではないでしょうか。子問題に真面目に取り組むことが戦術的であるならば、親問題に取り組むことは戦略的であると言えます。ツボとコツを押さえた戦い方、そんなふうに形容することもできるかもしれません。
問題が目の前にあるときに、『一段よいしょっと』視点を上げるのは、実は意識していないとなかなか難しいことです。しかしとても大事なことです。これに気づいたのは、というか思い知ったのはつい先日のことでした。
おしゃれメンターに勝手に認定させていただいた税理士の栗原さん@御年47歳(http://kuriharakaikei.suika-gate.jp/)に強制連行されて伊勢丹にて私服を購入したのですが、どう考えても一回り以上年齢が上の栗原さんの方が、僕よりカッコいいのです。顔もだけど、それ以上に全体が。同じ値段の服を着てもそうなる。何故か?それは僕が太っているからです。ポニョだから。対する栗原さんは、なんと体脂肪10%台の無駄無き身体を誇っています。
『うーん、痩せよう』それが僕の出した唯一無二の答えでした。このままでは、どんな素材の服を買っても、どんな価格の服に身を包んでも、全てが無駄になるという感覚が明確に芽生えたのです。心理学用語で言えば、『認知的不協和』と言います。『痩せたい』が『痩せよう』になりました。これは微々たる違いなようであって、非常に大きな違いです。
そこからは『太っている』という問題について、徹底的に攻め抜くことにしました。200mで息が切れるくせに、半年後のフルマラソンにエントリしました。管理栄養士さんの下に通うことにしました。お菓子を封印しました。服を先に買って、後から身体を合わせることにしました。極真道場に週一できちんと通うようになりました。アイスカフェオレではなくアイスティーを頼むようになりました。家でバームクーヘン、という習慣をやめました。全て、『太っている』という問題を叩くためです。でもね、15個の問題はこれで全て解決できるものと思っています。まぁ見ててください。
『一段よいしょっと法』、ふとしたときに思い出してみてほしいと思います。問題解決のバーゲンセールが起こるこかもしれません。僕がラオウを目指すのは、黒い馬の場主になれるからです。これも問題解決ですね。(分からない方は、『ラオウ、黒王号』と検索下さい。)
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我が人生に一片の悔いなし!

ドラクエで徒然


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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※本日のエントリはとかく読解に世代特有的専門性を必要とするため、必要に応じて補足をつけてあります。(カッコ)が多くて申し訳ありません。
何かを学んだ時に、そのままでは固くて食えないことや、油っこくて飲み込めないことや、デカ過ぎて口に入らないことがあります。なんにせよ、自分が最も咀嚼しやすい形に変えることが必要です。でないと消化できない。。
僕の場合の咀嚼しやすい形、それがマンガでありゲームでありますです。育ちがバレますね。一応言い訳しておくと、松坂世代と言われる僕の生まれ育った時代は、少し前と少し後も含めると、マンガとゲームの黄金期と呼ぶにふさわしい時代です。マンガに関して言えばドラゴンボール、幽々白書、ダイの大冒険、スラムダンクを通らず育った人間は皆無と思えますし、ゲームで言えばストⅡ、ドラクエ、ファイナルファンタジーなどは友達とコミュニケーションを図る上で必須科目とされたものでした。『はぁ〜〜!!』と悟空のように気を発すると地球の大気が震える、と思って力を込めた人は、数万人単位でいたのではないでしょうか?仕方ないじゃないですか、黄金期だったんだもの。
というわけで、掌握しきれない新たな学びを、自分なりに理解しやすいホーム語に置き換える、その作業をマンガだったりゲームで行うと、本当に色々なことがすっと頭の中に入ってきて、体中で理解できる感触があります。それをしないで格好よく格言通りに覚えようとするとダメですね。僕の脳細胞はそのように出来ていないようです。
ドラクエなどは青春の代名詞ですが、大好きなⅤやⅥをプレイしていた際に、キャラクターのレベルが低い序盤はよく思ったものです。『一マスも動かなければ敵に遭わないのに』と。よく考えれば分かることですが、動かなければ確かに敵には遭いません。従ってわずかながらも経験値が積めず、その集積であるレベルアップも起き得ないということになります。これではゲームを先に進められません。
かといって、過度に動けばちょびっと強い敵が現れただけで大ピンチですし、魔法も使えないし薬草もあまりないのですぐに力尽きてしまいます。だからキャラのレベルが初級の際の最大効率戦略は、体力を回復できる宿がある街の近くをウロウロし、少し傷ついただけでもすぐに戻って休むことです。いわゆるPDCAを小さく高速で回すことにより、実力を手っ取り早くあげることができます。そうしているうちに段々強くなり、体力もついてきたら、初めて遠征が可能です。薬草や魔法水などの兵站を確保し、回復魔法を使える人間を常備し、パーティ(隊列)を組んで敵を蹴散らしながら目標地点に向かいます。
ちなみに不思議なことに、レベルが低いうちはゲームの設定上からも、同様にレベルが低いモンスターしか出てきません。レベルが1でひのきの棒(という剣ですらない最弱の武器)しか持っていない時に、メラゾーマ(火炎系最上級魔法)を使えるモンスターは出てきません。だから安心して戦って傷ついて、回復して経験値をあげればよいことになります。
そうしてキャラが強くなっていくと、それに応じて対戦するモンスターのレベルも上がっていきます。勝手に増殖するモンスター、強烈な呪文を使うモンスター、守備力が異常に高いモンスター、拡散的攻撃を仕掛けてくるモンスターなど、敵のレベルは急激に上がっていき、それに応じて得られる経験値も膨大になっていきます。いつまでもスライムを倒しているようでは、いつまで経っても一定以上のレベルに到達することはできません。レベルを1から2に上げるのは簡単です。スライム数匹を倒せば良い。でも、レベル98を99に上げるには、途方もない努力が必要です。何百体もの強靭なモンスターを倒し、かつ五体満足で生き残ることが求められます。
うーん、心血を注いだ少年期の思い出のトップ3に入るのがドラクエですが、なんと30を過ぎた今でも、学ぶところはとても多くあります。というか、人生そのものだと思いませんか?
一般的に会社が新人に与える仕事は、それが仮に失敗しても微々たる悪影響が生ずるに過ぎない程度の範囲に限られます。(勿論、街でウ○コして『オレは羅王商事の羅王だ!!』と会社の名誉を著しく侵害するほどなら別です)だから新人の特権として、どんどん失敗すれば良い。どれだけ失敗しても、所詮会社全体から見たらそう大きなポーションは占めません。宿に戻りながら、街の近くをウロウロして果敢に突撃し、ダメージを受けたらまた戻ってくれば良いのです。キモは、そのサイクルを高速で回すこと、それだけです。そしたらさっさと成長し、一人前に近づきます。
逆に、一番良くないのは、弱いモンスターにばかり手を出すことです。30歳はレベル30、40歳はレベル40とすると、その時に全力を尽くしてようやく倒せるレベルの敵と戦うべきです。レベル10や20の頃に苦戦していた相手に喜び勇んで勝負を挑んでいるようでは、勇者と呼ぶことは出来ません。それはまるで、赤子が苦手な寝返りに大人が真剣にトライするようなもので、出来て当たり前のことをことさら余裕ぶっこいてやることに意味はありません。
どうせその時その時の自分のレベルに合ったモンスターしか人生には出てきません。それはちょうど良いサイズで、決して強すぎず、弱すぎずなのです。全力で戦っても、そのギリギリの余力に収まる範囲の敵にしか遭いません。だから大丈夫。身体の前についた傷は、踏み込んだ証であり、勇気の証です。ドラクエでも人生でもそうですが、戦いが始まったら戦うしかないのです。戦い始めてから悩むのではなく、どうせならどこで戦うか?どのようにゲームを進めていくか?を事前に悩みましょう。
ああ、ゲームに置き換えると人生なんて簡単だ。あの頃の全ての娯楽よ、貴重なインサイトをありがとう!
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
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スライムを倒し続ける、これ勇者にあらず


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『オヤジの栄光時代はいつだよ?全日本の時か?オレは・・・オレは今なんだよ』と、スラムダンク最終巻にて、主人公の桜木花道は安西監督に言い放ちました。直前のクロスプレーで選手の生命線とも言える背中を痛めたにも関わらず、強行出場しようとしたときの名台詞です。
僕の栄光時代はいつでしょうか?やはり今です。久々に体重を測ったら、メルマガのアドレスはAKB85kgにして、対外的にも85kgとしているにも関わらず、実際は88.4kgありました。ショック。過去最大に成長しています。我ながらスゴイですね。90kgはもはや目の前です。このまま3桁を目指すべきでしょうか?
さて、体重だけかと言えばそうではありません。過去には浮き沈み色々ありましたが、2013年、今年が一番成長していると実感し、確信しています。今までで最も多くチャレンジをしているからです。かねてから加齢とともに小さく保守的になるような人間にだけはなりたくないなと思っていましたが、今のところ自分の器がどんどん拡張しているのが分かるほど、自分を鍛えるということについてはしっかりできていると思っています。(結果はまだまだ思い通り伴ってませんが!腹筋まだ浮き上がってこないし。。)
一つだけ、最近分かって驚愕して諦めるに至ったことがあります。かつては、成長すればするほど、問題解決能力が上がり、悩みなんてものはいつかどこかでなくなる日が来る、そう信じていました。信じていたからこそ自己投資に励み、人に逢い、様々な知識や知恵を書き込んできたわけです。今抱えてる悩みは、あの高みにいる人から見ればほんの些細なもので、そんな感じに下界の悩みをKick outできる日がいつか来るんだろうなぁ、そう思っていました。
が!!!そうではありませんでした。この会社に入った25歳の時と32歳の今と、どちらが自信に満ちていたかと言えば、断然前者です。悩みの多寡も、25歳の時の方が少なかった気がします。目の前に立ちはだかる問題の数々も、その大きさは当時と比べ物になりません。年齢とともに当然収入も格段に上がり、器も格段に拡張し、能力も格段に上昇している、それにもかかわらずです。当時は、自分の住む宇宙がどれぐらいの大きさなのか、ということを、全く分かっていませんでした。今は大きさの目処はついています。
これは登山に酷似していると思っているのですが、僕が人生をかけて目指しているのはエベレストの登頂です。自分が登ったことを自分に対して誇れるような山、それがエベレストだからです。今は富士山はじめ3000m級の山々を制覇しているところでしょうか。麓にいたときよりも、5合目にいたときよりも、高いところにいる分、はるかに強い風が吹いています。寒暖差も相当激しいです。これからエベレストに登るとしたら、それには多くの仲間と資金が必要で、登り始めたとして、そこには最大で死のリスクまでがあります。高さという勲章と引換に、抱えるリスクは指数関数的に大きくなっていきます。
人生も全く一緒。実は登ったら登ったで、そこで直面する問題というのは、自分がかつて処理してきた問題達とは大きさも次元も違うものになっていきます。その意味で、まさに人生に終着駅はありません。経営者が背負う借入金は、創業期には数百万で済みますが、会社が大きくなるといつのまにかその個人保証の額は数億円になります。予選よりは本選で強い相手が出てくるのは当たり前で、1回戦よりも決勝の方が強い選手を相手にしなければなりません。知れば知るほど、自分が知るのは知らないということばかりだ、という経験は、多くの人にあると思います。人生ってそんなもの。
ま、RPGみたいなもんですよね、人生って。いつまでもいつまでもスライムばかり相手にしていたのでは面白くもなんともない。武器を買って、経験値を上げて、強いボスを倒して世界を平和にして、それでやっと勇者です。だから、目の前に大きな障害や問題が出てきたときには、メタルキング(=破格の経験値が得られるモンスター)が出てきたと思って、悩むどころか喜び勇んで倒しにいく、そういう姿勢の方が人生楽しいんじゃないか、そう思います。
そんなわけで今年は念願の富士登山と、周りのプレッシャーで無理やりコミットするに至ったフルマラソンにチャレンジします!痩せます!
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!