百聞は一験に如かず その3


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『百聞は一験に如かず その3』
いつもありがとうございます。一期一会に感謝します。
先日、二日連続で『百聞は一験に如かず』ということについてお伝えさせていただきました。今日は最終話です。
その前にちょっと空手の『下段蹴り』という技について説明させていただきます。まずは効用から。
下段蹴りというのは、空手の基本中の基本の技で、中段蹴り(ミドルキック)や上段蹴り(ハイキック)のような花形と違い、K1でも特に注目されることが少ない地味な技ですが、その競技をやっている者にとっては、一番大事な技となります。(余談ですが、素晴らしい中段蹴りを、私は個人的に『ナイスミドル』と呼んでいます。)基本的には短期勝負に見えて持久戦なので、後半になればなるほど、前半に受けたダメージが蓄積してきます。そしてそれは、上半身よりもむしろ酸素消費量の多い下半身にきます。息が切れてきても、突きは打てますが蹴りに関しては足が上がらなくなります。蹴りを一発放つだけではぁはぁ言ってしまうのですが、蹴りを放たないと決定打になりにくいため、初級者同士の戦いだと最終的には小学生のケンカみたいになります。
ここで、下段蹴りについて、極真における代表的な蹴り方をご案内します。
『まず、膝を腰の高さまで抱え上げます。気持ち的には、ベルトをしたとして、その上まで膝がきて、さらにその膝と並行に足のつま先が倒れる感じです。次に、相手の膝に対して、下段蹴りですが上からといったニュアンスで90度の角度になるように打ち込みます。その際、下から蹴りを上げるとガードされやすくスネを故障しやすいので、必ず上から振り下ろすように行います。このとき、膝が伸びきる直前で相手の腿に差し込むのがポイントで、次に当たったその瞬間に軸足を返し、若干腰をひねりながら相手に当たった足をめり込ませます。軸足は、蹴りを放つ時に浮き上がりがちなのですがぐっと我慢し、むしろ沈み込むようなイメージで軸を決めます。最後に、蹴りを放ったのと同じ軌道で戻し、何事もなかったように元の姿勢に戻ります。』
以上です。。。
いかがでしょうか?
よく分かった人は天才です。もしくは恐らく同業者でしょう。
よく分からなかった人はごく普通の方です。そんなもんです。
ちなみに、上記程度のことは、上記の文章を1万回読むよりも、道場で100回蹴りを放てば、ほとんど意味が理解でき習得できます。これが『一験』です。ぐだぐだ言ってないでミットを蹴ってみろ、そういうことです。
ゴルフが大好きで上手くなりたいのにゴルフ雑誌ばかり読んでいてゴルフを実際にしない人がいたり、痩せたいのに痩せる本ばかり見ながらお菓子を食べてる人がいたりすると、私たちは『言ってることとやってることちゃうやん、言行不一致やん』とほとんどの確率で言い当てることができます。
しかしこれが実生活となると、仕事となるとどうでしょうか。要するに教科書を読んでばかりで批評ばかりしていて、実践や実戦をしない人というのは、インターネットのこの時代、実はかなりいます。頭が良く見えるので発言も最もらしく聞こえるのですが、概して成果に無縁です。私もよくやってしまうのですが、やったこともないことを、さも論理的かのように出来ないものとしてシミュレーションしてしまうこともあります。すると、わずか10%の可能性が残されていた事柄の、成功する確率は結局ゼロになります。これはとてももったいない。
ゴルフやダイエットもそうですが、結局のところ、単純なようで大切なことに、『やるしかない』のです。私のようなアホでも、100回も200回も積み重ねていけば、大抵のことは覚えられますし、磨きをかけることもできます。
2012年のサブタイトルは、『3倍失敗する!』でした。恐らく平均すると、過去の2倍は失敗した1年だったかなと思います。それだけ実践に励んだ証拠です。が、来年は『5倍失敗する!』をメインタイトルに据えたいと思います。失敗するほどの前のめりでしか味わえない成長を今感じているので、コレってそれに気づいてしまうとやめられないものです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

EXILEに見る成功哲学


我が家はEXILEが大好きだ。奥さんはその中でダントツATSUSHIが好きだ。
どれぐらい好きかというと、


▼EXILEの番組3つを全て毎週予約録画している。そして何故か僕はそれを毎日帰宅後に見てしまっている。
▼僕の弟が勝手に「EXILEボーカルバトルオーディション」にエントリーされそうになった。テニスの試合で遠征のため仕方なく断念しただけ。
▼超入手困難なはずのコンサートのチケットを、執念で年に1〜2回は当ててくる。
▼妊婦のくせに胎教と偽ってコンサートに参加。さすがに飛び跳ねはしなかったらしいけども。
▼コンサートですぐ目の前にイケメンTAKAHIRO君がいるにも関わらず、遠くのATSUSHIばかり見ていた。

それはさておき、最近のEXILEの躍進はすごい。押しも押されぬトップアーティストと言える。で、このEXILEの成功を、僕なりに分析してみた。通常、EXILEの強さは下記のように評価される。


▼特にボーカルATSUSHIの「奇跡の歌声」とも称される歌唱力
▼歌とダンスの高次元での融合
▼大事なことだが、全員がイケメン。かつマッチョ。
▼リーダーHIROの戦略性。(オーディションに落ちた参加者を自社でデビューさせる、など)

しかし僕の意見はちょっと違う。勿論上記も大事な大事な要素だけれども、それだけなら他にも当てはまるアーティストがいる。 EXILEをここまで押し上げたKey Diffentiatorについて、僕は彼らの成功要因をこう考えている。


1、リーダー、HIROが過去に大失敗、大挫折を経験している。

2、事業領域が広い。EXILEの定義は、「ボーカルグループ」ではなく、「エンターテインメントグループ」である。

3、EXILEの組成にオープンアーキテクチャー戦略をとっている。

4、徹底したコンプライアンス体制が敷かれている。

あれれ、ATSUSHIの歌声とかTAKAHIROがカッコいいとか、当たり前のことが書いてないぞ??そう、そうなんです。けれども、毎夜毎夜EXILEの番組を見てるからこそ、僕はこの4つこそ大事と思うのです。


1、リーダー、HIROが過去に大失敗、大挫折を経験している
IT産業のメッカ、シリコンバレーでは、日々生まれる新しい企業の経営者にベンチャーキャピタルやエンジェル投資家が投資する際、「その起業家が過去に失敗したことがちゃんとあるか?」を見るそう。

企業経営には山も谷もつきもので、特に逆境の際には過去に失敗した経験がモノを言うようで、失敗したこともない楽天的な人間には企業経営は任せられない、ということ。 本当に危ない瞬間を肌で知っているのと知らないのとでは、日々の危機管理が違ってくるのだろう。


ところで、リーダーHIROは、Choo Choo Trainの生みの親でもあるZOOのメンバーだった。この曲で大ヒットを飛ばし、チーム全体が有頂天になり、毎日酒を飲みまくり、結果登るのと同じような勢いで転落していき、たった一曲のヒットで解散に至った。一度登ったが故にその後の生活は惨めそのもので、そこから地道に地道に活動していった結果、今のようなモンスターグループを創るに至った。


メンバーが随時追加されるEXILEはメンバー間の意識にも当然差があるはずで、創生期メンバーと、EXILEが有名になってから入ってきたメンバーはやっぱり違う。HIROは武道館で講演をしようがCDがどんなに売れようが、またテレビでどんなにもてはやされようが、常々口をすっぱくして「調子に乗るな」ということをメンバーに言っている。調子に乗った結果、自分がどんな思いをしたかを何度も何度もメンバーに説き、EXILEが同じ運命を辿らないように、細心の注意を払っているのだ。

実るほどこうべを垂れることを知っている人がリーダーである組織は、非常に強い。ライブなどで盛り上がってくると、「おまえらぁ最高!」や「サンキュー!」などと声が荒くなるアーティストが多い中で、どんなにテンションの上がった場面でも「皆さん!」「ありがとう!」と、常に観衆に対するRespectを感じさせるその謙虚さは、なかなかのものだと思う。

自分たちという存在がファンによって活かされているということを、骨の髄まで全員が共有している、そう感じさせてくれる。


2、事業ドメインの定義が広い。EXILEの定義は、「ボーカルグループ」でも「ダンスグループ」でもなく、「エンターテインメントグループ」である。
事業ドメインの定義がこれほど大事だとは、という典型だろう。通常の「歌手」に分類されるアーティストが、CDがバカ売れした結果、本を書いたりドラマに出てみたりすると、「あれ?何か違う」とか「何やってんの?」というように、本業とのズレに妙な違和感を覚えたりする。

そしてそれは意外と的外れではなく、そういった本業以外に手を出しすぎたアーティストは、そのうち消えていくことが多い。 ちなみにEXILEは、まず歌う、そして踊る、以外に、演劇をやる、映画に出る、CMにも出る、テレビ番組も3つもち・・というように、かなり色々やっている。


それはひとえに、EXILEの事業ドメインの定義が、「エンターテインメントグループ」だからである。耳をよーくすませて何度聞いていても、自分たちのことを「ボーカルグループ」と呼んだことは一度もない。そして、「ボーカル」ではなく、「エンターテインメント」なのだから、上記に挙げたような歌うこと以外の活動も、なんら違和感なく正当化されることになる。

これはちょっとしたことのようで、非常に大事。「次はどんなエンターテインメントが出てくるんだろう?」と、ファンに失望でなく期待をさせるという点については、この事業ドメインの定義が全てを決定したといっても過言ではない。


3、EXILEの組成にオープンアーキテクチャー戦略をとっている。
「共感マーケティング」という言葉が流行ってきている。従来の供給と需要という対面の関係ではなく、商品の開発秘話などを通してある種の同じ感情を共有して、そのシンクロ=共感のもとに他社と差別化をして自社の商品を選んでいただく、そういったマーケティング手法だ。

EXILEはこれが非常に上手い。そしてその具体的な手法として、オープンアーキテクチャ戦略をとっている。(と言っても赤羽定義のため、本論とは別の場合もあります。国領先生ごめんなさい)オープンアーキテクチャ戦略とは、Linuxのように開発ソースと過程を公開し、世界中から知識と知恵を集めてよりベターに、よりベターにモノを作りこんでいくことである。限られたリソースのなかで四苦八苦するのではなく、それ自体を世界という外部に求めることで、今までにはないイノベーションを起こしていく。またその過程に集積する「想い」が、更なる「想い」を引き寄せていく。


EXILEはそういったイノベーションと共感を、過去2回行ったボーカルバトルオーディションを通じて常に起こしている。人はクオリティの高い商品をぱっと見せられるよりも、それがいかにして生み出されたのか?といった過程を含めて知ることが出来たほうが、その商品への愛着が沸いて来る。

同じように、EXILEは自らのグループがどのように現在に至ったか、メンバー集めからの過程をファンに見せることによってより多くの共感を呼び、より応援してもらえる組織になっているのである。


4、徹底したコンプライアンス体制が敷かれている。
あれほど歌がうまく、あれほどカッコいい集団だから間違っっいなく女性にモテるのに、浮いた話がひとつも聞こえてこないのは脅威、というか賞賛に値すると思う。前述のHIROの徹底した教えに違いないと断定してもいいが、14人という大軍団でここまで統制が取れているグループは他にない。

恋愛禁止を公言し、非常に厳しいことで有名だったモーニング娘ですら、途中からスキャンダルまみれになり、メンバーの入れ替えを余儀なくされたこととは対照的だ。


総じて、ここまで人気があって、ここまで事業展開が戦略的で、そしてここまでセルフコントロールがきちんと出来ているEXILEは、単なるいちファンのミーハーな視点も若干ありながらも、素直に敬意を表したい。人間、自己省察が出来なくなったら終わりだと常々思うけれども、こんなに素晴らしい見本がいるので、僕ももう少しがんばろうと思う。


余談だが、今回のボーカルバトルオーディションが終わったあとに、劇団EXILEのオーディションがあるらしいので、はそちらにエントリー(無断で)させるつもりです。

受験が必要だと思う理由あれこれ


受験戦争については昔から色々な議論があります。

最近ではゆとり教育の反動もあり、塾をはじめとした受験のための投資額もうなぎのぼり、受験戦争はますます強烈になりつつありますが、僕は個人の能力開発の側面から、受験はした方がいい、というか、絶対にすべきだと思っています。

受験戦争に対する反論としては、以下のようなものがあります。

1、幼い(概ね小学校を指す)頃からの競争、競争に晒すのではなく、のびのびと育ってほしい。
2、受験をしたからといって、報われるとは限らない。

僕自身、受験はイヤというほど経験してきました。当時の鬼教官である母の勧め(命令?)もあり、中学受験時には当時羨望の的だったスーパーファミコンとドラクエⅤを買ってほしいがために頑張り、高校受験の際は好きな女の子と同じ高校に通うためだけに頑張り、大学受験の時には(同じく鬼教官にぶっちゃけ諭吉様数枚で釣られたりもしましたが)さすがに多少なりとも将来を見据えて頑張りました。

最終的に大学受験に際し取り組んだ科目は、現代文、古文、英語、数学、世界史、倫理、地学でしたが、現時点で血肉になってるたなと声高らかに言えるものは、なんと悲しいことに英語ぐらいしかありません。数学なんて高校時代0点を取ったこともあり、、途中で分からなくなって「サインコサインウソクサイン」なんて覚えてました。

結論から言えば、学ぶ科目の知識や体系それ自体の習得に(勿論少なからず意味はありますが)意味はなく、受験に取り組むその経験こそが、人生の血肉になるのだと、今思います。

人生は目標達成の連続です。特に男性であれば人生の大半を割くことになる仕事に置き換えると、経営者であれば利益と社会貢献、営業であれば売り上げ、IT部署であればシステムの稼動率など、各人の役割は違えど、求められることは目標達成です。

定量化できる目標と定性的に判断するしかない目標がありますが、そのいずれにしろ、目標を定めて現状とのギャップを認識し、それを埋める努力を手持ちのリソースを駆使して行う、というプロセスは共通しています。

そして、その目標達成の度合いが大きい人材がいわゆる、「付加価値の高い人材」と定義されます。付加価値付加価値と巷で叫ばれているその意味は、この目標達成能力のことと同義と思われます。

翻って、実はまさに受験戦争における勉強そのものが、この目標達成のための格好のトレーニングとなっています。仕事での目標もそうですが、広すぎる範囲の全てを網羅することは土台無理なため、想定される範囲の中から優先順位をつけ、学術的な追求をする場合を除いては、いかに効率的に点数を取るかが求められます。

例えば、教科書を一ページめから一生懸命読んだり、単語帳を一言一句暗記しようとする人は必ず受験に落ちます。そうではなく、出題者の意図を読み、大よそのターゲットを決めて集中的に勉強し、それ以外はある意味捨てる、という作業がどうしても必要です。

この作業は、営業においてお客様の嗜好を感じ取り、どのニーズに応えるかを商品に落とし込み、販売するという作業となんら変わりありません。

もうひとつの理由としては、「社会に出てからいきなり目標達成を求められること自体がキツイ」ということです。通常四半期ごと、下手をすれば毎月の目標達成の成果が問われる社会人という環境に、何のトレーニングも積んでない人間がいきなりほうりこまれることほどみじめなことはありません。

のびのびとだけ育てられた人間や、十分なトレーニングを積んできていない人間は、のびのびとしたまま社会人になります。そうして経験したことのないプレッシャーにさらされると、人は今流行の欝になります。

ジムで5kgのダンベルも持ったことない人が、いきなり工事現場で20kgの角材は持てないでしょう。それと同じことです。

社会での目標達成という要求に従わない限り給与が保証されない以上、この目標達成という作業について、出来る限り早くから取り組んでTry and Errorを繰り返しておくべきというのが僕の持論です。そしてその格好の場が、受験ということです。

一般に子供時代の失敗は、どんなに失敗してもそれが全て経験となり、成長に寄与します。しかし大人になってから、社会人になってからの失敗は、勿論経験にはなるものの、やはりしてはいけない種類の失敗というのもあります。

なので、間違いが許されるうちに、しかもどうせなら将来いいスタートラインに立つためにも、受験戦争は経験しておくべきと思うのです。

グローバル化が進む社会の本質は競争です。「共存」とか「共栄」という言葉が流行る言葉の背後には、どうしても競争が前提としてあります。受験戦争の最前線にいた昔の私ですら、世界的に見れば甘い甘~い受験と言われています。

中国や韓国の受験戦争の熾烈さは日本の比ではなく、欧米の大学の実社会に対する発言力は日本の比ではありません。
そんな中で経済も人材も国内海外問わず競争にさらされる日がもうすぐそこまで来ています。

日本の国力も学力も低下が叫ばれていますが、ひとつは日本人の目標達成能力の低下による部分があると思います。とするならば、理不尽ともいえる環境である一定のトレーニングを積んで、日本人として体幹を鍛えることも必要ではないでしょうか。

僕はそれが受験だと思うのです。1日15時間勉強に没頭した当時の思ひ出についてはまたいずれ書きます。