グローバルエリート御大と会食


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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しかるべき時に流される勇気


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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今日は大阪に来ています。目的は二つあって、一つは『羅王さんてどんなアホ?』とブログ経由で興味をもってくださった方が二人も大阪にいらっしゃって、他の用事に合わせてセッティング。メッキが剥がれることは目に見えているのですが、明日お逢いしてきます。逢う前からお二方には謝っておきます。すみません!
さて、今回の出張の目的のもう一つは、『大阪で一番旨い一見さんお断りのお鮨屋さんに逝く』with『尊敬してるけど逢ったこと一回しかない経営者の方』です。これが最大のイベント。SEO業界では知る人ぞしる、そうじゃない業界の人も知る人ぞ知る、株)タナトスなど三社を経営される福原純さんと。(http://tanatos.ne.jp/index.html

福原さんとはセミナーで知り合いました。僕が受講生全体での自己紹介の時に『自己投資8桁超えなんだけど、成果の出し方が分かんなくて悩み疲れて来たんですわ』と言ったら会場が『おお〜!』となりましたが、あとで福原さんはボソっと、『オレ今年だけで800万使ってるよ』とあっさりトリプルスコアな発言をされててぶっ飛びました。『守りに入るとカサにかかったように攻めて来る』山王工業(byスラムダンク
)のように、終始爆裂気味で草食男子の僕なんぞ踏み潰されそうになるパワフルな方です。一方、ブログを見ていてもいつも情に厚い方だな、と素直に思います。
今回の出張は、グルメ王でもある福原さんが『大阪で一番旨い鮨屋にいってきました。久兵衛クラスです。一見さんお断りなので行きたい方は僕に言ってください』的ブログを書いていたので、額面通りに受け取って、一回しか逢ったことのない福原さんに、強引な付き添いをお願いしたことで決まりました。(どれぐらい図々しかったかは、きちんとブログに書かれてるのです。 http://tanatos.ne.jp/blog/2013/05/27/akaba/
)凄く楽しみです!
ちなみにこのブログをアップする頃には、食べ終わって満足しきってることでしょう。
さてだいぶ話は変わりますが、僕がいつも個人的に違和感を覚えるのは、保険の仕事でお話をしていて、『子供がやりたいことがあるなら大学に行かせる。もっとも、明確じゃなければ行かせない。』的なご意見です。これは善し悪しではなく価値観の問題なのですが、僕は『18歳の子供の時にやりたいことが1ミリも見えなかったガキンチョ』だったため、もし親がそういうバーを設定したとしたら、僕は今頃履歴書に大学の名前は書けなかったと思います。しかるべき人間(=親)がしかるべきタイミングまで適切と思われるレールを敷いてあげて、その上で子供に判断能力がついてきたら任せる、というのが、今の時代の日本における教育だと僕は考えています。(江戸とか明治なら別です。子供が考えざるを得ないような環境が幼少時からあったため、幕末に活躍した人の多くは20代〜30代でした。今の日本にそれを望むのはちと厳しい。。)何をやりたいかを明確に出来ない時期の子供に明確にしろと迫るよりも、『そんなことはいいから色々経験してこい』と送り出してあげて文字通り色々経験させる、それが、勉強以外の方が盛んになってしまう大学生活の意義じゃないでしょうか。僕はそのように思います。
さて、なぜこの話をしたかというと、僕はあまり『自分らしさ』とか、『オリジナル』という言葉があまり好きではないからです。人間は真似の集積だし、オリジナルも然りです。所詮は真似の組み合わせ、あるときそこにオリジナリティが発生しているだけです。能動的に自分で適切な道を選び、かつその道が正解で自分を輝かせることが出来る人もいれば、そうではない人もいる、それが世の中です。というか、後者がほとんどでわ?
『流されない生き方』みたいなのも同じです。流されたくなければ、とても簡単です。耳を塞げば良いだけ。人の話を聞かなければ良いだけです。自分が出来ることだけをその範疇でやっていれば、流されることもありません。だけどそんな奴、正直使えない人間になるのがオチですよね?よっぽどの力量のある人間以外は、『流されない生き方』によって失うものも結構あると思っています。
僕は大学に進学するときもその目的を間違いなく明確には語れなかったし、今も世の全てが分かるほど達観しているわけではありません。知ってることと知らないことの比率は、学べば学ぶほど反比例しているのではないでしょうか。『知っていることは、知らないということだけ』みたいな。
だったら、自分が知らないもの、理解出来ないもの、単純に出来ないことがあって、そしてそれらを知っていて、理解出来て、実現出来る人や方法が近くにあるのなら、それに流されてみるのも一つの手ではないか、僕はそう考えています。流されないためには耳を塞ぐというアクションさえあれば良いですが、流されるというのは結構リスクがあります。『流れる先が分かっている川』ではなく、『流れ行き着く先が北極海なのか紅海なのか日本海なのかすらわからない川』であればなおさらです。しかるべき時に流される勇気、そんなのが必要です。
今回はそんなわけで、明らかに僕とは異質な、(高い低いではなく)次元の違う世界に住む福原さんとの、異質な次元の違う環境下での会食が出来るということで、飛びついたわけです。完全に流されましたし、実は結構勇気も必要だったのですが、これによって得られるものは、恐らく自分が事前に想像をしていた範疇のものではないでしょう。だって、知ってることしか知らないのですから、知らない範囲のことはどうなるか分かりません。
こんなことを楽しめるようになると、人生の幅が格段に拡がることを実感できます。その証拠に、昨日もショックのあまり書きましたが、85kgと公言していた体重がいつの間にか88.3kgになっていました。一つだけ格言めいたものを残すとすれば、『効率は流されることの是非について考えるものではない。流された後に巧拙について効率化を考えるべきである』、コレです。福原さんと逢いたいだけだったら、東京ですぐ逢えるのです。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

『へぇ〜!』から『そうそう!』を目指せ!


ご訪問有難うございます。一期一会のご縁に感謝します。
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みなさんこんぬつわ〜、こちらは8桁超えの自己投資をしてきた羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。同じように悩み苦しむ誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って!
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先日、師匠の一人としてお世話になっている鮒谷周史さん(http://www.2nd-stage.jp/ 僕が唯一この世で『人の人生を変える力がある』と思ってるメルマガの発行者さん)と3時間半に及ぶミーティングをさせていただきました。今自分が思っていること、感じていること、トライしていること、うまくいかないことを全てまな板の上に乗せ、ちゃちゃちゃっと料理していただきました。詳細はどれだけ文章にしても伝わらないと思いますが、この方の言語能力というのは、ちょっと常軌を逸しています。どんなわかりづらい現象も鍛え抜かれた言葉のノミで深く彫り進んでいき、誰にでも見れば分かるミケランジェロのような像に仕上げてしまう、とでも言いましょうか、そんな感じです。武力でケンカしたら間違いなく秒殺できそうなんですけどね。。不思議な師匠です(失礼!)
で、今回この鮒谷さんとお話をさせていただくのは、セミナー参加も合わせるとのべ50時間近くになるわけですが、今回僕がした相槌のほとんどは、『そうそう!』というものでした。ちなみに鮒谷さんとお話をさせていただいた当初、僕の相槌のほとんどは『へぇ〜!』でした。人は一般的に、知らないことを知った時、『へぇ〜!』となるものです。しかしそれは、まだ『知っているだけ』な状態です。
これが『そうそう(そうだよね)』と思えるようになったら、一段進んだ証拠です。その物事に関して理解が深まり、自分の中でも共感が出来ている状態になります。自分の中で何らかのPDCAが回っていて、対象に関して自分なりの解釈や言葉で語れるようになっているレベルです。
更にそこから経験を積んで『できる』状態になると、相槌は間違いなく『そうそう!(そうなんですよ!)』と、やや興奮を帯びたものになります。なぜ興奮を帯びたものになるかというと、今回の例で言えば、尊敬する鮒谷さんという御大と少なくとも同じステージに立てたという喜びが加わるからです。反対のステージから『いいなぁ〜、いいなぁ〜』と思っていた頃とは違い、レベルの差はあれど同じステージに立ちはじめている自分という存在に対して、この上ない喜びが湧いてくるのです。それが、『そうそう!』という相槌の内実です。
レベルの差は依然かなりありますよ、確かに。でも、この『そうそう!』となってからの学びのスピードというのは、その喜びゆえに取り組みが真摯となり逓増していきます。そこそこセンスのある野球少年が、イチロー選手に『君いいね、プロ野球選手目指しなよ』と言われて興奮して、そこから人が変わったように練習し加速度的に成長していく、そんな感じです。
『そうそう!』は、成長の一つのシグナルなのです。尊敬する人の話を聞いたときに、心のうちに『へぇ〜!(そうなんだ)』と湧いてくるようであれば、まだまだです。『そうそう(そうだよね)』だともう一息。『そうそう!(そうなんですよ!)』になれば、あとは爆進するだけです。目標とする背中は、まだ遠いかもしれませんが、決して手の届かない世界にはありません。
僕の大好きな漫画の代表格はドラゴンボールですが、その中で忘れられない場面があります。セル編で『精神と時の部屋』での修行を終えた悟空と悟飯がセルと戦う場面です。セルへの唯一の対抗馬としていきなり悟空が全力で戦うのですが、その様子を見て、他のZ戦士(ドラゴンボールの正義キャラのこと)は、戦慄を憶えます。なんだこの有り得ないレベルの戦いは・・・と。その中で唯一、悟飯は違う感想を持ちました。『みんなお父さんのこと凄い凄いというけれど、ほんとにそうなんだろうか。お父さんはまだ全力で戦っていないように見えるけど??』ちなみにこの時、悟空は全力も全力、100%で余力のない状態で戦っており、このあとあんなことやこんなことがあって悟飯は覚醒し、ドラゴンボールの世界では絶対とされた悟空を凌ぐ戦士として活躍する展開となります。
『そうそう!』という感想を抱くのは、例えるならちょうど上記の悟飯のような状態なのではないかと思います。すなわち、強くなった当初は、自分が強くなったということになかなか気づけないもの。しかしそれは何かのきっかけで必ず、そして確実に分かる時がきます。悟空という父親は、悟飯にとって偉大すぎる強すぎる存在でした。しかしこの戦いで、『あれ?あれ?もしかして?』というように、父親が自分の手の届く場所にいることを知ります。そして、自分がその場所までいつの間にかたどり着いてしまったことに気づきます。強くなるとは、成長するとはそんなものです。
鮒谷さんに関しては、ドラゴンボール風に言えばまだまだ『こ、この男、戦闘力の底が知れん!!』という状態ですが、鮒谷さんとの時間において僕が感じた相槌に関しては、少なくともかなりの成長が自分の中にあったことを確信しました。人って、自分の成長が分かると嬉しいもんですね。僕は今、相当嬉しいです。てなわけでここからさらに逓増的に成長してきますんで!
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

もっと頑張りたい人へ


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『もっと頑張りたい人へ』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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師匠の一人と仰いでいる方との会話。『頑張りたいのに頑張りきれないんです。トップの人たちはもっと働いてるし、僕はこのままではとうてい彼らに追いつけません。お客様にももっと貢献できる人間になりたい。でもどうしても最後のひと踏ん張りができないんです。どうしたらもっと頑張れますか?』と聞いた僕に対し、師匠はこう言い放ちました。
『そうか、じゃ、休め。』と一言。
この世の中、よく分からない次元にいる人は、大体よく分からないことを言います。どこかに翻訳機能付き会話機ってないものでしょうか。
翻訳意訳すると以下のようなことです。
『ダラダラ休むのではなく、狙って休むこと。そこを休むと決めて安む。それ以外の時間はアホみたいに仕事をする。しかし、それを決して続けてはいけない。一日のどこかで自分を解放する時間を作らないと、頑張れない。頑張れない奴に限ってきちんと休んでないから、だからパワーが充電されずに、それでやっぱり頑張れない。』
分かっていたことですし、誰か他の人にアドバイスを求められたら、ほとんど全く同じようにアドバイスすると思いますが、いざ自分が言われてみると、
『いや、そうじゃなくて、もっと頑張りたいんです!!』と、一粒の反感を感じてしまいました。要するに、仕事をしている時間に究極的なまでの生産性で働いているわけでもないし、全体的にダラダラしているにも関わらず更に休むというのは勇気のいることであって、また、僕のような人間が休む資格などないのではないかという自分不信があり、そういう感情を抱いたということです。
しかし師匠の一言は単純明快で、
『だから休め。』とのこと。
そんな状態だからこそ休むことを生活のリズムに入れることで、メリハリのハリ(メリ?)が更に充実して密度が濃くなり、結果として良い方向に舵を切ることが出来る、ということでした。
ということで渋々ながら、今年は週一日(程度)は休むことにしました。考えてみれば、そんな当たり前のことすらこの仕事についてからしておらず、だいぶ奥さんには迷惑をかけたことと思います。またもしかしたらそれ以上に、自分を蔑ろにしていたような気がします。反省しました、はい。
マラソンもそうですが、適度に戦略的に補給を行わないと、前半のペースが早いだけのペースレーサーになってしまい、早晩ガス欠を起こしてリタイヤすることになります。人生全体にも言えることでしょうし、個人事業主というあまり守られていない微妙な立場でも、きっとそうなのでしょう。
しかし、プロスポーツ選手でもそうだと思いますが、休むということには、ある種の、というかかなりの恐怖が伴います。一日休むということは、そこでできたはずの練習や仕事をしないという選択をしたことと同義だからです。でも休まないスポーツ選手はやっぱり落ちてきます。ココが難しい。。勇気が要ります。
ということで、これからは勇気を持って休もうと思います。リラックスするために休むのに、そのために勇気が必要なんて、なんかへんな感じですね。
頑張ります。あ、いや、頑張らない。でも頑張って休みます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

ComfortableとUncomfortable


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『ComfortableとUncomfortable』
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僕は日頃、自分よりも明らかにレベルが上だと思われる人たちとの時間を優先的に確保しています。今日も会社の重鎮と食事をしていたのですが、その方は業歴は僕の約倍、成績は約4倍という化け物です。まぁすごい。本当にすごい。僕もそれなりに学んでいるつもりですが、この方はそれとはまた異次元の世界に住んでいます。大好きな焼肉屋さんで仲間とともにその方通称『キング』を囲んで話をしていたのですが、メモメモしっぱはなしでした。
さて、上記のように僕はこういう怒涛の刺激を受けるために多くの時間を割いているわけですが、そのような時間の使い方が好きかと聞かれればYesです。しかし、Comfortable(=心地よい)かと聞かれれば、答えはNoです。なぜなら、好きですがUncomfortableだからです。
少し解説が必要でしょうか。
すごい人たちと話をしていると、よくこういう状態に陥ります。会話をしても意味がわからない、スゴく大切なことを言われている気がするけどそれを言葉で表現できない、質問されても答えられない、言語の使い方の世界が違う、など。簡単に言うと頭がパニックに陥るのです。少しだけ上のレベルの人だとこういうことは起きないのですが、ある一定以上の実力の開きのある方とお話をすると、大体こうなります。
まさにUncomfortableです。
でも、それが目指す場所と現在地とのギャップなのです。ギャップがあるわけですから、そこに至っていません。だからComfortableであるはずはないのです。
ただ、脳は真空を嫌います。ギャップがあれば埋めようとします。Uncomfortableな状態からComfortableな状態に持ってくるべく、身体を動かし、思考の枠組みのベクトルを変えます。そうしていつの間にか、ギャップと当初認識していた空間が埋まり、自分は目指していた位置に立っているのです。いつのまにかComfortableになります。
これは、エベレストに登り、その高さの空気を吸い続けることと似ている気がします。8000m級の山々には地表の1/3程度の密度の空気しかないため、常に息苦しさに悩まされます。しかし、馴れるに身体が高度順応し、従い心肺機能が強化され、いずれ下界に戻った際には驚くほどスタミナが強化されていることに気づきます。(ちなみに例えに使っただけなので、正確に言えばエベレストではいつまで経っても身体は順応せず、呼吸はラクにならないそうです。まさに死の高度。)
ため息しっぱなしの4時間半でしたが、その時間を使って、極力自分の身体を化け物の空気感にシンクロさせることに成功しました。人間として肺活量が増えたのでしょうか。何でも出来る気がしてきました!Uncomfortable丸出しだったのが、最後はComfortableまみれとなっていました。
さて、多くの場合こういうのは勘違いに過ぎないのですが、何事も勘違いから始まるということを考えれば、今回の勘違いも好意的に解釈したいと思います。
成長したいならUncomfortableへの挑戦を忘れずに!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

見切り千両が秘訣


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『見切り千両が秘訣』
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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最近、経営者の方のお話を聞かせていただくケースが本当に増えているのですが、一番のヒットは75歳以上の方のお話です。先日、不覚にもお話を聞いていて泣いてしまいました。この世代の方は終戦を子供時代〜青年時代に迎えられた方も多く、今からは想像もつかないほど荒廃した日本が立ち上がり、成長し、踊り、腐敗し、行き詰った姿を全て記憶されています。そんな中でどんなことを考え、感じてきたのか、その一つ一つが、僕にとっては至言として心に刺さるものばかりです。
本心を言えば、今聞けているようなお話を、自分のじいちゃんばあちゃんからもっともっと聞きたかったと思います。しかし、当時の僕はそれを聞こうともしなかったし、じいちゃんばあちゃんも、わざわざ聞きたくもないかもしれない苦労話を孫にしようとは考えなかったのではないかと思います。でも、後悔しています。今知りたいと思っているのと同じぐらい、当時知りたいと思えていたら、もっと違う形で今を迎えられていたのではないかと。
今日お話を伺ったのは、なんと御年86歳の経営者の方でした。最初96歳と言われたのですが、色々話を総合してみると86歳だったということに落ち着きました。ずいぶんとサバを読まれたもんだ。。あの時代にほとんどの人がそうであったように、裸一貫で起業され、今日まで4社を数十年間ずつ経営されてきた辣腕の方です。僕はストレートに尋ねました。
『一般的に中小企業は5年で9割、残り5年で残り9割が潰れると言われています。何故社長の会社は生き残れたのですか?』と。
答えは非常にシンプルなおのでした。
『そりゃね、あんた、見切り千両ですわ。』
はい???
こういうことでした。社長は、クルマ部品の会社から始まり、レストラン、SS、パチンコ、不動産と次々と事業を立ち上げ、そして次々と畳んでいきました。業況が悪くなることが予想されたからです。一度、健康ランドを立ち上げたところ、バチ当たりしたとのこと。なぜなら、近くに競合が1つしかなかったからです。しかし数年後、競合が増えてきたので、社長は見切りをつけてその事業から撤退しました。儲けはそのままに撤退出来たことで、出血は思いのほか少なくて済みました。ところが社長が健康ランドを畳んだ同時期に、健康ランドが流行ってる=儲かる!と見込んだ同業他社が進出し、もろくも数年で撤退の憂き目に遭ったそうです。競合が少なく利益率が高い時は傍観し、競合が増えて利益率が低下してきた時に参入、確かに無謀です。でもそれを見極めた社長がスゴイ。更に色々やってみたかったので地元議員をやり、海外旅行には80回以上行き、朝のラジオ体操を15000回以上やったという化物級の社長さんでした。
軍隊では、突撃よりも撤退が難しいと言われています。戦争は、始めるのは簡単だけれども終戦まで持ち込むのは歴史が証明する通り本当に大変です。事業を始めてうまくいかなくても、それまでの有形無形のサンクコストを考えてバッサリやれない経営者は多いと思います。日本の会社の行き詰まりは、その結果と考えられます。
『見切り千両』という言葉は昔から言われていますが、ようやくようやく意味が腑に落ちたのはこの社長の言葉があったからです。意外だったのは、社長の会社がずっと継続してきたのは、卓抜なるビジネスセンスやマーケット嗅覚などの『攻め』の部分だと思って伺った質問だったのですが、返ってきた答えは100%『守り』に関することだったからです。
確かに、どのビジネスが当たるか、それは誰にも分かりません。ですから、やってみる、というのが最上の解となります。逆に、始めたビジネスのどれがマズイか、は経営者の手元にデータがあるわけですから、自分で判断できます。だからまずこの守備の部分を強化する=見切り損切り点を見極めるというのは、至極ごもっともなお話だったわけです。
考えてみれば多くの場合において、人は『見切り千両』どころか『見切らず千両ドブへ』となっているケースが多いです。大して読みたくもない本を読み始めたからといって切れず、家に帰ればさして興味もないテレビをつけてしまい、時間を区切ることができず、株での損切りをいつまでもできず・・・といった感じで、日常のあらゆる側面に関して、この見切りの大切さを猛省する点が沢山あります。
とりあえず満腹ラインを見切ることを自分に課し、今期はきちんとダイエットしようと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

赤兎馬に乗って走る


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『赤兎馬に乗って走る』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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先日会食させていただいた、世界最強企業お勤めで最近独立されたKさんとお話の中で学んだことが、ようやく頭の中で整理出来てきたので再度まとめます。
『ピザの具を決める』 http://kusogakaba.blog13.fc2.com/blog-entry-116.html
『理動よりも感動』 http://kusogakaba.blog13.fc2.com/blog-entry-117.html
本当にスゴイと思える人とお話をさせていただくと、ぽあ〜んとしてしまい、瞬間的に思考が停止し、そのあとしばらく戻らないということがままあります。尊敬と憧憬と少し悔しいという気持ちと・・が混ぜこぜになり、ロジカルにお話を理解してそれを実生活に活かす、というプロセスがしばしフリーズしてしまうのです。で、2〜3日しても頭の中に強烈に残っていることこそが、自分が今一番必要としている教訓なのではないかと思います。
今回2時間の会食中、メモを取りっぱなしで料理の味をほとんど覚えていないほどだったのですが、そんな中で無数の学びがありました。その中で幾つかピックアップしておきたいと思います。
①焦らないこと
Kさんに直接言われたわけではありませんが、今回の一番の教訓だったかもしれません。目指すのが楽しみで楽しみでしょうがない目標ができると、人は一目散にそこを目指し、一刻も早くそこにたどり着きたいと思うものです。しかし、いきなり子供は大人になれません。しかるべき時にしかるべき外面と内面の成長があり、しかるべき身長と体重、そして人格になってきます。早く大人になりたいからといって、一足飛びに背は伸びないし、ある日どか食いをしたからといって、他の日に食べなければ背は伸びるどころか成長が阻害されることもあるかもしれません。
焦るな、ただし、三食毎日ちゃんと食え。食ってればそのうちデカくなれる。コメも肉も野菜もバランス良くね。
そう言われたような気がしています。
②人は動いているものから目が離せない、ということ
ブログを毎日書くということは、結局のところ、何につながるのだろうと思うことがままあります。これは、本当にその意義を理解しきれていないからこそ起きる現象です。ただ、書くことで、書き続けることで、自分が間違いなく動いているということを、表面的かもしれませんが周りにアピールすることができます。人は、その目も意識も、止まっているものにはそこまで大きな注意を払いませんが、少しでも動いているものに関しては、その動きを追ってしまう、気になってしまう、という特性があります。一人暮らしをしている時に何の気なしに部屋に入ったら、ゴキちゃんがさささーっとうごいてマジでビビる、そんな感覚でしょうか笑。見失ったあとも、視野を広く取っていれば、一瞬敵が動いただけで大体どこにいるか分かります。
自分もそうですが、ブログの更新がたまにの人と、毎日の人のとでは、圧倒的に後者が気になります。それは、動きがあるからです。動きの質がどうかそのものも当然ですが、それよりも動いていること自体が気になって気になってしょうがありません。勝手に臨場感を感じながら、その人の成長を見る、といった感覚になっているのかもしれません。だからこそ、自分自身がいつも動いている側に周る、ということはとても重要です。
③よ〜く考えよ〜、スキルも大事だよ〜(少し前のアフラックのアヒルのCM風)
伝えると伝わるは、似て非なるもの。伝えることは誰にでもできますが、伝わるように伝えるのはそんなにカンタンではありません。また機を見て書きたいと思いますが、身振り手振りがないなかで、人に伝えたいことを伝えられる伝わる文章というのは、やはりスキルに依存する面も多いのが現状です。僕は比較的話が分かりやすいと言われる部類の人間かと思いますが、それでも文章は同じと言えるかというとまた話は別。読み手の右脳と左脳に同時双方に語りかけて、情景と論理展開がうまくマッチする形で文章を練り上げていくということは、ある程度の訓練を必要とします。
二人羽織でごはんを食べる時に、言葉で論理的に指示が的確でも、鼻に箸が刺さり、スープがこぼれ、ご飯は大量に口から漏れるということがあるかもしれません。それと同じことが文章にも起き得ます。
④絶対値は気にしなくていい、相対値を気にする
今スゴイ人はいいのですが、僕のような極めて凡人で特徴もなく顔も薄い真人間は、今スゴくないので何も誇れるものがない、というのが正直な悩みです。ところが、②でご紹介した『人は動いてるものから目が離せない』ということから考えると、どこにいるかが大事なのではなくて、どれぐらいのスピードで走っているのか、どちらの方向にベクトルが向いているのか、ということの方が大事だと考えても良さそうです。だとすると、大した軍勢はなくとも、赤兎馬に乗って後ろから猛烈な勢いで土煙をあげながら軍を爆進させる呂布のように、袁紹や曹操や董卓といった既に力を持っている諸先輩方が焦るぐらいの勢いでとにかく走る、そして走っているよということを周知する、このまま行くとあと○里で追いつくよということを思い知らせる、というステップを通して、自分の存在を世に知らしめていくという考え方もアリです。
今の現在地よりも、目的地との距離を測りそこに向かう時にどれだけの速さで近づいているのか、にこだわり抜くことです。
とりあえず、赤兎馬に乗って棍棒振り回しながら、ずっと先を走っている諸先輩方を追うことにしました。あっちゃ行ったりこっちゃ行ったり、正解が何かもわからない行き止まりにぶつかりながらの行軍となる予定ですが、それでも少なくとも砂煙がきちんと遠くから認識できるぐらいのスピードを持って、戦っていたいと思います。現代社会の良いところは、そんなふうにして無茶苦茶やっていても、目をつけられて首を撥ねられたりしないことですから!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!

理動よりも感動


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『理動よりも感動』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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昨日の会食からいまだ興奮冷めやらぬ状態です。昨日僕の勉強会メンバーでお逢いしたKさんは、現時点における某最強IT企業に、そんなことになるとは想像も出来ない規模の頃から勤め上げ、揉みに揉まれて今に至り、現在はブログ界において急速な勢いで注目を浴びている方です。新しいビジネスも立ち上げ中とのこと。とてつもなく優秀なのにとてつもなくお話が分かりやすく、爽やかで、漢が憧れる漢といった感じでした。きっと二丁目でもおモテになることでしょう。うっかり14日だったにも関わらず、漢三人から別々に贈り物をしてしまったため、さぞかし奥様はダンナさんの性癖の変遷を心配をしたことでしょう。もはや両刀なのか、と。。。
話変わりますが、その会食での僕たちの感想は、誰が聞いても『こいつらアタマ悪いな』というものだったように思います。
『ふぇ〜!』『すげ〜!』『ほぁ〜!』『なんじゃそりゃー!』『なんでそうなるんじゃー!』など、ビジネスマンとしても、北斗の使徒としてもレベルの低すぎるリアクションしか取れない漢三人組に対し、シンプルで分かりやすくも、とてつもない深さでお話をしてくださるKさんといった奇妙な構図でした。
が、結論から言うと、僕はこの低レベルのリアクションが出る会合は大正解だったと思っています。そしてこれら低俗なリアクションそのものも、大正解だったと思っています。それは、
『感情が激動したから』。
人は、本当にスゴイ物事や人に出逢うと、心からそれに感動し、憧れ、尊敬の念を抱きます。言葉でどれだけ表現しても陳腐としか言い様がないぐらい。ホンモノの語彙力があればまた別なのかもしれませんが、多くの人が、子供が生まれた時の『感動』や、誕生日を祝ってもらった時の『嬉しい』や、誰かを亡くした時の『悲しい』を、その言葉以上にはなかなか表現できないのではないかと思います。だから結果的に、今回のような、小学生でも言えるようなリアクションが、表に出てくるわけです。
こういうリアクションが出てくると、次の段階から起きるのは下記のことです。それは、
①あんな人みたいになりてー!と思う。
②どうやったらなれるか、自分の現有戦力と相談し、埋めるべきギャップを探し始める。
③明らかになったギャップを埋めるための行動に出る。
この一連の流れが、特に意識せずとも『勝手に』起こります。結果として、その憧れの対象の方と同等のレベルまでたどり着けるかは、それまた別の話ですが、少なくともそのベクトルへ向かうパッションと行動が生まれることで、少なくとも現在地からはだいぶ遠く離れたところまで行くことができるようになります。『勝手に』起こるのです。心が、体が勝手に求め、食事を終えた後に気づいたらプルプル震える手でチョコレートをつまんでいる僕のように、はたと気づいた時には目指す方向への舵を多かれ少なかれ切っている自分がいます。
これが、『感動』ではなく『理動』、すなわち道理や合理性や理屈や理論によって動こうとすると、なかなかそうはいきません。例えば『野球選手になりたい』という場合。そんな子供はどこにもいないと思いますが、例えばこんな感じで『理動』して野球選手を目指すことになったらどうでしょう?
①今期の巨人軍で40億円程度。平均5600万。
②世界的には同じぐらい人気のはずのサッカーの場合、トップの浦和でも総額10億弱。一人2000万程度。
③選手寿命は、サッカーが平均26歳で引退するのに対し、野球は30代で全盛が来る選手もかなり多い。
④そもそもプロになるまでにケガをする可能性は、サッカーの方がずっと高い。
⑤野球は高校野球があってプロへの道が開けているが、サッカーでギリギリ、他のスポーツ、例えばフィギュアなんぞは膨大な費用がかかる。
⑥プロ野球選手の引退後の仕事が比較的豊富なのに対し、サッカー選手のその後は悲惨だ。
⑦結局のところ、観客がお金を払って見に来るスポーツが、儲かるスポーツだ。だからテニスはダメで、サッカーはまあまぁで、野球は大いにありだ。
『だから僕野球選手になりたい!』
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こんなガキンチョがいたら、もしかしたらプロになれる器だったりするかもしれませんが、恐らく誰も応援しないでしょう。そして当の本人が、心震えぬまま理屈だけを突き詰めていって、過酷な練習に耐え続けられるとは僕には思えません。それよりも、『大リーグで活躍するイチロー選手みたいなプレーヤーになりたい!』の方がずっとシンプルで、長続きするモチベーションになるのではないでしょうか。
大人になると、とかく感情の動きを制御し、ロジカルに合理的に考える、ということが、一種社会常識として求められる場面が数多くあります。何の根拠もないにも関わらず。人間の行動なんて、結局は感情が決めることがわかりきってるにも関わらず。
ところが、僕が尊敬するようなパフォーマンスを出している人たちをよくよく観察していると、結構な確率で『感動』が原動力になっている人がいたりします。『環境がこんなだからこれからのビジネスはこうこうこうなるであろう。なぜならば○○であり○○だからだ。』のような分析すなわち『理動』も当たり前ですが必要です。が、それと同じぐらい、もしくはそれ以上に、『感動』をエンジンとして進むべきベクトルを決めるというのは、大切なことなんじゃないかと思い始めています。
これを言い換えると、
『○○したい』>『○○すべき』
であり、
『第一走者、○○したい。第二走者、○○すべき』
であると言えます。理動は感動のエンジンが点火した後に、具体的にどの道を選んで目標を目指すべきかの段階になってから活用すべきです。どこの観光地に行きたいのかは、本能が決めます。
そんなわけで、『ふぇ〜!』『すげ〜!』『ほぁ〜!』『なんじゃそりゃー!』『なんでそうなるんじゃー!』しか言えなかったのは、別に語彙力と脳みそが足りなかったからではなく、素直に『感動』していたからであります!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!

尊敬するOさんとチャーリーチャップリン


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『尊敬するOさんとチャーリーチャップリン』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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今日は3年前から購読している『致知』の勉強会を関西で主催している大切な仲間であるOさんが、新たな旅立ちのときを迎えるということで、仕事がてら関西出張に来ています。その壮行勉強会の中で、Oさんの半生の歴史に触れる機会があったのですが、いつも笑顔のOさんが、実はここまでずっと色々なことに苦しんできたということを初めて知りました。あまりに明るい笑顔でぽわーんとした感じのため、しかしトリリンガルというなかなかのやり手なのですが、『まぁあの明るさでいつもなんなくこなしてきたんだろうな』程度に今までは思っていました。
しかし、実際は全然違いました。人が気にしないような些細なことに傷つく日々、赴任したフランスの地でずっと溶け込めずにいた日々など、人並み以上に苦しんで苦しんで今日まで歩んでこられたのだということを初めてシェアいただき、どんなに明るく見える人にも色々なドラマがあるんだなということを改めて思い知りました。なんとはなしに何で自分だけがこんな思いをしなければならないんだと、半ば被害者意識を持たざるを得ない経験も過去何度もしてきましたが、Oさんのお話にもあったとおり、結局誰しもが通る道なのだということが分かりました。
チャーリーチャップリンの有名な言葉で、このようなものがあります。
『人生はクローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇』
結局のところ、人生のどこかで良いことも悪いことも起きるものであり、特に悪いことは、ともすれば連続して起きたりします。それを一度も経ずに人生を過ごしていければそれはそれはラッキーなのですが、なかなかそうもいかないのが人生です。そんな時に、良いことに喜び、悪いことに悲しむのが人間であることは間違いありませんが、後者の振れ幅をどれだけ小さくできるかというのが、いわゆる幸せを不幸せを分けるのではないかと僕は考えています。とても素晴らしいことに喜びを感じられればそれは幸せである一方、とるに足らないことに怒ったり凹んだり傷ついたりばかりしていては、それはやはり不幸せです。それなりに大変なことが重なったりすると、僕も経験がありますが、ぶっちゃけ死にたくなります。そういう感情が湧いてきてしまうのも、また人間です。
そのためにどうすればよいのか、ということについて言えば、上記のチャップリンの言葉は非常に多くを示唆してくれているのではないかと思います。どんな悲劇も、後から振り返ればそれは喜劇にすることができ、すなわちそれは、ストーリー化することによって、自分の経験や血肉や美談にすることが出来てしまう、ということなのではないでしょうか。僕は一時期、笑ってしまうぐらい不幸にまみれていたことがありました。あらゆることが重なり、思い込みではなく、実際にかなり死に近いところまで追い込まれていました。しかし、その最中ですら、そこから一歩離れてロングショットで自分を見ることにより、『これ乗り越えられたら俺伝説やな』と、わずかな希望を頼りになんとかなんとか乗り越えられたものです。
Oさんが重ねてこられた様々な経験も、恐らくは一つ一つをクローズアップで見れば悲劇が多かったことと思います。しかしそれを今の段階では、全てが教訓溢れる喜劇と認識出来ているところに、Oさんの強さと優しさがあるのではないか、そんなふうに思いました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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スゴイ人の話を聞く時の注意点


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『スゴイ人の話を聞く時の注意点』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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今日はお忍びで開催されるという、とある方の講演会に参加してきました。優良外資系会社の社長を歴任し、どの会社も大きく伸ばしてきたという、いわゆる外資系エリートな方です。ただその話は非常に基本に忠実で、王道こそが王道だということを改めて認識することができました。
こういうスゴイ方のお話を聞くときに、いつも僕が気をつけていることがあります。それは、
『今の優雅な姿を参考にしない』
ということです。
何故なら、それは単にレベルの差を思い知るだけに終わるケースが多いからです。
よく白鳥は、上半身の優雅な姿の下で、下半身が猛烈にあがいているというふうに例えられますが、アレ、もう少し踏み込んで考える必要があります。今日の講演の方のようなある程度成功されている方というのは、上半身が優雅に見えるのは勿論のことですが、実は下半身も優雅に動いているのです!!!これ言っちゃ身も蓋もないのですが、これが現実です。
ですから、少し解釈を変える必要があります。優雅な上半身と猛烈なあがきの下半身を、
『優雅な成果の下で猛烈に努力してるんだよ』
と捉えるのではなく、
『時間軸』
で捉えるのです。
つまり、
『猛烈に下半身があがいている時期が(かつて)あった。』
ということです。
これ、少し解説します。例えば、リーガエスパニョーラと高校サッカーを例えて見ると分かりやすいのですが、超一流の世界というのは、試合は華麗ですが、その下の努力の層ですら、無駄なものが削ぎ落とされて、効率化され洗練されて、華麗に見えるものなのです。バタバタしているように見えないのに、バルサのアップなどは、猛烈なスピードでパスを回していたりします。一方高校サッカーは、なんかガチャガチャしていて、ボールがうまく回っておらず、無駄な動きも多いように見えます。練習がアホみたいに厳しいのも、高校サッカーの特徴でしょうが、その一部は無駄なものが含まれていたりします。
でも、そういうことなのです。
今華麗に見える人も、若かりしころやビギナーの頃は、やっぱり下手で、効率が悪く、ミスばっかりしていた時期というのが必ずあります。でも今は?というふうに見ると、その努力すら経験を重ねていくうちにとても華麗なものになってしまっているのです。努力のコツを覚えていますから、とても効率的な努力ができます。
だから、そんなものは、今の僕たちが真似をすることはとてもできないし参考になりません。参考になるのは、
『僕たちの年代の時に何を考え、何を食べ、何をして、何を、何を基準に、何にトライしていたか?』
です。
全盛期の王さんに、『どうやってホームラン打つんですか?』と聞いたら、『バットをすっと引いてタイミングを合わせて打つんだよ。信じれば打てる。』みたいな答えが返ってくることでしょう。そしてそれを真似しても、絶対に打てません。それよりも、『20代の頃どんな練習してましたか?』『一日バット3000回振ってたよ』と言われたら、まだ真似出来るかもしれません。
スゴイ人、成功者、尊敬する人、多くの人のお話を聞く機会が、幸いなことにゴロゴロと転がっていますが、その一つ一つを因数分解し、自分に当てはめられる大きさに直して食べる、ということは、実はとても重要なスキルのような気がしています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!