先日大爆笑したと同時にうーん、と唸らされた我が家の三歳児の話。娘から注意されました。
娘:『あのね、ごはんのときはひじついちゃいけないんだよ、ぱぱ、わかってる?』
娘:『あのね、パンばっかりたべてちゃ、びじんさんになれないんだよ!おやさいとね、くだものがびじんさんになれるんだよ。』
娘:『パンはね、あまいのばっかりたべてちゃわるいこになっちゃうんだよ。プリキュアになるにはごはんぴっかぴか(=完食)にするのがだいじなんだよ!』
など、まぁよくそんなこと知ってるなと、あるいは語れるなということをペラペラと喋るようになった娘さんに聞いてみました。
羅:『ふーん、よく知ってるね。それ、ママに教えてもらったの?』と聞いたら、
娘:『ううん、ぜーーんぶじぶんでかんがえんだよ!すごいでしょ!』
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なるほど。すごい。満面の笑みで、一ミリの逡巡もなく『じぶんでかんがえた』と曰わるうちの娘さん。毎日毎日のママからの刷り込みが、もはや自分の考えになってる模様。
さて、お気づきのことと思いますが、こういうことって、実はとっても大事なことを示唆しています。
人間はそもそも模倣の生き物です。いや人間に限りません。すべからく生物は親や周りの先達を模倣することで一定レベルの生活力を身につけていきます。
大人になってからいきなり『オリジナリティを出せ!』と言われて面食らう人は多いと思いますが、それにしても模倣の組み合わせであって、完全なオリジナリティなどこの世に存在しません。ほんのわずかな天才が見つけるほんのわずかなもの以外は。
明らかに人から聞いた話であっても、あるいは更に又聞きだったとしても、自分の意見として実しやかに述べてしまう、これはとても大切な能力です。
ポイントは、そう思い込めていない内容だとしても、自分にとって未来にとって良かれと思えるものであれば、そのように振舞ってしまうということです。俗に言う、'Fake it until you make it'みたいな感じ。
痩せる自身がなくても、痩せることが人生を変えるインパクトを持つと、さもダイエットに成功した人かのように言い切るのはその一つの例です。売れないセールスがアファーメーションをしたり身なりを整えたりして、トップセールスのつもりになって振舞うのもまた一つの例です。
よほどの虚言癖の人(=言動と行動に極端な不一致があり、しかもそれをなんとも思わない精神構造を持つ人)でない限り、それが心底からの言動でなかったとしても、言及した内容について実際に行動すべく、『言い訳の外堀』が埋まっていきます。
言動と行動がズレている状態をなんとか修正しようという引力が心と頭の中に働き、運動エネルギーを伴った方向(=言動)に引っ張られていくのです。
娘も最初は、ご飯の時にひじを付いていました。怒られました。また付きました。怒られました。
毎日刷り込まれるので、ご飯のたびに『ひじついちゃいけないんだよね?』とママに確認するようになりました。自分の口で言ったことにより、刷り込みは更に強化され、いつの間にか周りの子や時に親のひじ付きを注意するようになりました。
そして更にいつの間にか、それを最初から自分の意見として持っていたかのようにおしゃまさんは曰うようになりました。
繰り返します。『そのように』思い込めているのであればベスト。
しかし、『そのように』思い込めていなかったとしても、目指す方向を口に出すことにより、段々とそちらに近づいていくことは可能です。人間の学びの多くは、人から見聞きすることから得られます。
素晴らしい意見や見識であればあるほど、それを不確かながら、下手くそながら完全に模倣することにより、いつの間にかその素晴らしい意見や見識が自分のものになっていきます。
これはいわば人間の『なりすまし』と言っても良いと思います。なりすましてなりすましているうちに、いつの間にか本物になってしまっているのです。フェースブックの偽アカウントのように、いずれ化けの皮が剥がれることもありません。中途半端になりすましているのに、それが長ずると本物になるのです。
うちの三歳の娘ですら実行してるこの『なりすまし』。うちの場合は良い子になりすましていたわけですが、どういうわけかいつの間にかほんとに良い子になりました。
自分にも応用出来そうなので、とりあえず僕は180cm90kg12%の肉体で英語ペラペラでトップセールスで好きキライをしないおなかが6つに割れたイクメンに『なりすます』ことにします。あー遠い。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

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