昔の僕は、「学歴」に興味があった。
僕自身、受験戦争を経てきた身だし、最終学歴という意味ではKO義塾大学を出ているので、それが良い方に作用したか悪い方に作用したかというと、間違いなく前者であり、様々な恩恵を受けてきた。
KOを受ける際にお金で僕を釣ってくれたおかんには、今更ながら感謝したい。(「アンタ、KO申し込んどいたから、受けたら1万円上げるわよ!」と言われ、目の前の諭吉先生を掴んだ。僕は当時受ける気がなかった。)
KOから見ると、一橋や東大というのはスゴく見える。また、文系だからか医学部や法学部という職業も偉く見える。
しかし、後々になってこれらの大学、学部にも、しょうもないヤツが一杯いるということはよく分かるようになった。そうではない大学や学部に、素晴らしいヤツがいることも分かった。誰でも知っている通り、学歴で人は判断出来ないということに気づいたのは、だいぶ後の方だった。
世の中が学歴である程度人を判断するようになっているのは、そうするメリットが少なからずあるからだ。やはり統計的には良い大学には良い能力を持った人間が多く所属する確率は高い。が、その確率は高いが、総数としては大した数ではないということが分かった。
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社会人になると「経歴」に興味が出るようになった。
外資系コンサル→MBAとかの流れを経た人だと憧れが顔に出るようになった。外資系投資銀行と聞くと、なんだか既に負けている気がした。医者や弁護士は、とても崇高な仕事をしている、自分とは関係ない人間たちだと思うようになった。
が、どうもそうではなかった。
コンサルでも全然大したことないと思うこともしばしばだったし、外銀は単に性格が悪い金の亡者に見えた。医者や弁護士は、少なくない数の人が、自分の範囲以外は何も知らない専門バカであることも分かった。
経歴も、結局のところ人の人生の価値を左右するものではないと思うようになった。多種多様な経験をしている経歴も素晴らしいが、なんなら、「38年間勤め上げ、無事定年を迎えました。」とお客さんからメールをもらったときには、心の底から尊敬の念が湧いてきた。
各場所で命を懸けているか、命を燃やしているか、志を持っているか、他者にアツがられるほどの熱量を持っているか。そんなことの方が、ずっと大事に思えた。
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というわけで、最近は「学歴」も「経歴」もあまりアテにならないことが分かってきたので、そのいずれでもなく「考歴」に興味を持つようにしている。それも、「最終学歴」に相当する「最終考歴」=今考えていること、ではなくて、文字通り「考えてきた歴史」、「そのときどき考えていたこと」を聞くようにしている。
人が価値を創出しているのは今かもしれないが、その価値創出のための力を養ったのは、過去の思考とそれが具現化されてきた過程にあるからだ。フロイド・メイウェザーを目指すのであれば、今の金とベルトにまみれたメイウェザーを見てもしょうがない。メイウェザーがメイウェザーたるに至った過程を見なければ、意味がない。
そしてその過程は、「考歴」を見ることによって、より深く理解することが出来る。
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「考果」=考えの果実ではなく、「考歴」を聞くことには、もう一つ利点がある。
何らかの成果を世に出した人というのは、一定時間が経つと皆聖人君子みたいなことを言い始める。
「世の中のためですよ。」、「志ですよ。」、「お客様の喜んでる笑顔が見たくて。」、「貧しい境遇にある人たちに少しでも希望を与えられたら。」
これらは、とても耳障りの良い言葉だ。そして彼らがその言葉を今語るのであれば、それは真である。
しかし、昔から思ってたかと言えば、大体はそうではない。未熟な頃からそんなに大人だったかというと、そんなことはない。そんな素敵なこと昔から考えてたの?とぎゅーぎゅーに突き詰めてくと、大体白状してくれる。
「いや、最初は単にモテたかったからです。」とか。
「義理の父親にバカにされて、それを見返すためでした。」とか。
「良い車に乗りたかったんです。かっこいいし。」とか。
聞けば聞くほど、しょうもない理由がスタート地点だったりする。そしてそれは、逆に人間的で真実の香りがする。
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人間は、どんなに完成しているように見える人でも、必ず未熟な時期を持っている。
そもそも人間は歩けないししゃべれないし食べられないし・・・という期間を皆経てきているのだから、未熟な時期があって当然だ。
しかし、それをうまく隠せてしまったり、無意識になかったもののように扱ったり、ということが人間にはある。
その恣意性を排して、「その時その瞬間に何を考えていたのか?」を掘り下げることは、人間の成長プロセスを因数分解する上で、とても役に立つ方法だと僕は思っている。
「学歴」にも「経歴」にも大した価値はないが、「考歴」には、その人の価値が全て凝縮されているので、これぞと思った人にはガンガンに突っ込んで話を聞くことにしている。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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