意味がある文章を上手に着地させることは、文章に意味がある以上、そう難しいことではない。
一方で、意味がない文章を上手に着地させることは、そう簡単ではない。肝心要の意味がないのだから、着地もクソもないからだ。
よって、意味がない文章を書きつつ、しかしそれをしっかりと着地させることが出来るようになった暁には、物書きとしては少しレベルが上がったんだと自負しても良いと思う。
体操でも、演技がどうあれ着地がしっかりぴたっと止まっていれば、それなりの演技に見えるものなのだ。
以下、僕なりにうっかり意味がない文章を書いてしまったときの、風が吹けば桶屋が儲かる的に無理矢理な着地をさせる方法について触れてみたいと思う。
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①とりあえず意味のなさそうな文章を羅列してみる。

まずは本エントリの題材として、意味のない文章を羅列してみる。

 
空は青い。
水は透明。
地面は茶色い。
カメレオンは七色。

 
ふむ、意味のなさそうな言葉が上手く並んだ。
ここは特に力量を必要としない。
意味のある文章を書ければラッキーだからそのまま使えばいいし、意味がなかったとしてもうまく着地させるのが狙いだからだ。
だから心配せずとにかく適当に書けばいい。意味があろうがなかろうが、あとで意味を持たせることはできる。
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②それっぽく抽象化してみる。

意味のない文章の着地が難しいのは、それらの関連性がまるでないからだ。
関連性がない=頭の中でつながらないため、人は自分のなかで消化することができない。なので、取り急ぎこの関連性を少しだけ持たしてやる必要がある。
それには、適度にそれっぽく抽象化することが必要だ。共通点のようなものを見つけ出せば良いということになる。
犬と猫と豹の話をしているのであれば、それは動物という括りで抽象化することができる。
犬と氷と太陽だと少し厳しいかもしれないけれど、地球上の存在物と定義することもできる。
今回はなんとなく「色」に関連した話と括ることができる。
言ってることはバラバラだけれど、色に関しては共通していると見ることが出来る。
さぁ、これで下地は調った。こんな感じでどうだろう?

 
空は青い。
水は透明。
地面は茶色い。
カメレオンは七色。
これらは一見するとバラバラに見えるけれど、実は全て「色」について述べている。青、透明、茶色、七色。万物には、色があるのだ。
 

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③「ところで」と添えてそれっぽいウンチクを絡めてみる。

今回に関しては「色」に関するウンチクを少し絡めてみる。
料理で言えば味の素のような、鉄板調味料がコレだ。味の素を入れれば、大体どんな料理も食えなくもない程度には仕上がる。
それっぽいウンチクがあると、同様にどんなに食えない文章も、ちょっとだけ口に入れるのもやぶさかではないレベルになる。
偉人が言及してたりするとベスト。そうではなくても、誰が言ってもそりゃそうだと思われる原理原則論であれば、外れることはあまりない。
 

空は青い。
水は透明。
地面は茶色い。
カメレオンは七色。
これらは一見するとバラバラに見えるけれど、実は全て「色」について述べている。青、透明、茶色、七色。万物には、色があるのだ。
ところで、この「色」というのも不思議なもので、挙げた4つの色も「人間から見れば」という限定付きの話になる。
動物の中には、色覚が人間とは同一でない者もいる。
例えば犬は、青と黄色は認識できるが、赤は認識できない。
猫は、緑色と青は認識できるが、赤は認識できない。
ヘビは、色覚云々はなく、目自体が温度を感知するサーモグラフィーのような機能を果たす。

 
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④本論に戻し、それっぽい着地を試みる。

元々意味がない文章がスタートだったはずなのだけれど、それっぽく抽象化し、それっぽいウンチクを挟んだことで、適度に高度と回転数を伴った空中演技をしたのと同じような効果を持たせることができる。
あとはそれをうまく着地させて、内村航平ばりにガッツポーズをカマせば、あら不思議、なんか意味のなかった文章のはずなのに、それっぽい仕上がりになってるじゃありませんか。
 

空は青い。
水は透明。
地面は茶色い。
カメレオンは七色。
これらは一見するとバラバラに見えるけれど、実は全て「色」について述べている。青、透明、茶色、七色。万物には、色があるのだ。
ところで、この「色」というのも不思議なもので、挙げた4つの色も「人間から見れば」という限定付きの話になる。
動物の中には、色覚が人間とは同一でない者もいる。
例えば犬は、青と黄色は認識できるが、赤は認識できない。
猫は、緑色と青は認識できるが、赤は認識できない。
ヘビは、色覚云々はなく、目自体が温度を感知するサーモグラフィーのような機能を果たす。

 

「相手の立場に立って」というのは、言葉で言うのは簡単だけれど、実際は相手そのものになれない以上、そう簡単に相手に立場には立てるものではない。
しかし、「相手の立場を想像しようと努力する」ぐらいのことは、出来るのかもしれない。
僕らから見たらどう見たって空は青いし水は透明だし地面は茶色いしカメレオンは七変化する。それは変わることのない絶対の真理に見える。
んが、僕たちから見て極めて身近と言える犬や猫ですら、僕たちと同じようには世の中を見ていない。
相手が人間だから考え方もモノの見え方も一緒だろうと、僕だって思いたい。
そう思いたい気持ちも分かるけれど、もしかしたら人間と犬猫のそれと同じように、全然違うように世の中を見ている人が相手なのかもしれない。
少なくとも、そういう想像力を持って日々生きる必要がありそうだ。

 
おお、なんかそれっぽくなった。
冷蔵庫の余りものも、陳健一さんが料理すれば、それなりの料理にして人前に出すことができる。
文章もそれと同じで、必ずしも素材が揃っている必要はない、ということだろうか。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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