ひょんなことから、高校サッカー部時代のパイセン方と再会することになった。
約20年ぶりに高校サッカー部が復活した話 その1
パイセンが企画したバーベキュー&フットサルに参加することを決意してから、86kgの小さなカラダをガクガクブルブルと振るわせながら、サッカー部で同期だったヤツらに出欠確認をしてみた。
「忙しいわー。」
「先約ありだわー。」
「出張だわー。」
要するに、僕ともう一人を除いて誰も来れないということだった。もう一人も、バーベキューだけでフットサルには来られないという。
パイセンからの誘いを自分の都合で断るなんて、あいつらも偉くなったもんだ。
***
社会人になってからの1年違いというのは、あまり怖いものではない。
新卒で入った会社ならいざ知らず、1度でも転職していようものなら、もはや3つぐらいの違いは関係なくなる。
しかし、中高サッカー部という階級社会では、1学年の違いが明確に身分を分ける。
3年生は神、2年生は将軍、1年生は下僕。
漫画「キングダム」も真っ青になるぐらい、大体こんな感じの身分構成になる。
 
このなかでも特に、高校2年生というのは厄介だ。
中学生の3年間で、下僕→将軍→神の階段を登った中学生は、高校に進学すると今一度下僕に身を落とすことになる。
中学3年生時代はどんな華麗なユニフォームも着ることが許されていたのに、高校1年生になると下僕にとっての「布の服」、すなわち「ナマティー(=名前Tシャツ)」の着用が義務づけられる。
ここで身分の凋落に耐えきれない人間は、少し歪む。
百歩譲って高校1年生の時は我慢しよう、しかし2年生になったら覚えてろよ。
こんな精神構造になる。
かくして、高校2年生になると同時に昇格し、後輩に対して圧力MAXで接するパイセンが出来上がる。
そして、そんなガルルル言ってる高校2年生たちの後輩として、何も知らず入学してきたのが、僕たち新1年生だった。
***
思い出した。たったいま思い出したぞカカロット。
入部して一番最初のミーティングは、体育館の裏だった。
顔と名前は、まだ一致していないが、パイセンたちはこんな感じでたむろしていた。
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ガムをくちゃくちゃ噛みながら(イメージ)、煙草をスパスパ吸いながら(イメージ)、ヒロポン吸いすぎて欠けまくった歯を見せながら(イメージ)、パイセンたちは我々新1年生を体育館裏の階段に腰を卸して睨みつけていた。
部活動に関する様々なルールが伝えられ、「集合は常にダッシュ」、「『ナマティー』を着用すること」、「返事は『シトゥッ!』であること」などが伝えられた。
「3年生は神であること」、「自分たち2年生は将軍格であること」、「1年生は下僕に過ぎないこと」なども伝えられた。
歴史の勉強では人類は20世紀になって自由平等の民主主義を勝ち得ることとなったと学んだはずなのに、ここにはまだ奴隷制が残っていたようだった。
***
そんな当時の階級社会に生きていた頃のパイセンたちの誘いを「忙しいわー」、「先約あるわー」
の一言で断れるブレイブハートな同期たちにため息をつきながら、僕は当日バーベキュー&フットサル会場に向かうことにした。
少し遅れて顔を出すと、パイセン方が10人ほど集まっていた。さらにはご家族連れがほとんどだった。
それぞれのパイセン方が、その後適度に丸くなり、家族という幸せを手に入れたようだった。いつまでもミリタリーナイフのように尖っていたというわけではなかったというわけか。
 
約20年間会っていなかったのに、一瞥してほぼ誰が誰だか判別することが出来た。
おお、懐かしい。そして恐ろしい。
今は笑顔だけれど、一体何を言われるか、あるいはされるか分かったものではない。
もう一人の同期とともに、僕はひたすら肉を焼くことに専心した。一瞬の気の弛みも見せてはならない。
粗相があると、後輩は「罰ラン」と言って、校庭を何周かしてこなければならない。しかも連帯責任だ。
同期の肉の焼き方を監視しつつ、連帯責任を食らわないように粛々と肉を焼き続けた。
そして1時間半後、フットサルの時間が訪れた。
肉をたらふく食った後のフットサル。既に試されている予感がした。
***
フットサルコートに集まってボールを蹴り始めると、なんだか20年前の風景がオーバーラップしてくるようだった。
懐かしい、懐かしすぎる。
なぜもっとこの機会に早く飛び込まなかったのだろうと悔いる気持ちが湧いてくる。
懐かしすぎてちょっと涙が出そうだった。
 
キックオフ。
賽は投げられた。
現役時代は歯が立たなかったパイセンたちだ。迷惑にならないように、ミスだけはすまいとゆっくりとパス回しをする。
 
RRパイセンがボールを持った。現役時代は細かいドリブルで敵を抜きまくる人だった。またあのロマーリオのようなプレーが見られるのか。
ところがRRパイセンはあっという間にボールを失った。
久々だからか、あのメッシのようなボールタッチが戻るには時間がかかるのだろうか。相変わらず「自分ではなくパスが悪い」という顔をしていたのは当時と変わらない。
 
怖いパイセンたちのなかでは少数派だった優しいYKパイセンがボールを持った。
YKパイセンは、自慢の快速でライン際を駆け上がり、センタリングを上げないことで有名だった。つまりはライン際を駆け上がってそのままラインを割ってしまうのである。
ボールを持ったYKパイセンは、現役時代の1/5ぐらいのスピードでライン際を駆け上がり、そしてボールはあさっての方向へ飛んでいった。
 
MKパイセンはキャプテンだった。
色黒でマッチョでデカい。絵に描いたようなAV男優だった。
MKパイセンは圧倒的なリーダーシップと、そしてミスをしても一切申し訳なさそうにしない鉄のハートが持ち味だった。そして、記憶によると現役当時は結構頻繁にミスをしていた。
ボールを持ったMKパイセンは、やはり20年経ったこの日もミスをした。そしてまるでファインプレーをしたかのような顔をしていた。
そこはそういう顔をするところじゃないのだが、本人は意に介していないようだった。
 
その他のパイセン方も、どうやら出し惜しみをしているのか、昔と同じ系統の、しかし昔よりは大幅に下がったパフォーマンスを見せていた。
フリーザ様も久々に変身をすると、ピッコロごときに手間取る。同じようなものだろう。
パイセンたちが本当の力を発揮したときこそ、僕は蹂躙される。
***
ところが時間が経つにつれ、一人、また一人とフィールドからいなくなっていった。
脚が痛いというパイセン、腰が痛いというパイセン、もういいよと全てを諦めるパイセン、何も言わずに出てこなくなるパイセン。
様々だった。
 
フォワードだったDTパイセンは、極めて細かいフットワークでフォアチェック(フォワードが相手陣内で相手を追い込むこと)するのが持ち味だった。ディフェンスが嫌がってパスミスをするほど、相手に張り付いていた。
しかし20年経ったDTパイセンは、結構な時間、コート外で自分の家族にべったり張り付いていた。ツマノミクスが大変なのだろうか。
 
レアルマドリードのユニフォームを着てやる気100%でやってきたKSパイセンは、堅実なディフェンスでチームを支えた人だった。
しかしこの日のSパイセンはバーベキューの仕切りとフットサルコートの予約で疲れ果てているようだった。気温は30度をゆうに超えている。仕方がないのかもしれない。
 
キーパーだった別のYSパイセンは、本職のキーパーをやるとき以外は非常に静かだった。
現役時代は四六時中骨折していて、ギブスをはめながらサッカーをしているイメージだったので両手が元気そうで意外だった。
 
中学から一緒のDNパイセンは、昔から優しかった。
今回もバーベキューのときに肉を焼いていた僕と同期を手伝ってくれ、最後の方は鉄板を完全に掌握していた。
しかしその疲れが出たのか、フィールドでは休み休み死にそうな顔をしていた。
 
一般的にサッカー選手というのは脚が短くなりがちなのだけれど、ATパイセンは手も脚も昔から長かった。
何より攻撃力よりも口撃力が優れており、そこの能力は今も昔も変わっていないようだった。脚ではなく口でフェイントする、と言えばなんとなく想像してもらえるだろうか。
暑さにやられて手と脚が絡まって顔から転倒していた。親知らずが痛いとのことだったが、どうやって顔面を打ったらそうなるのだろう。
 
SSパイセンと今回誘ってくれたTSパイセンは昔はめちゃくちゃ上手く、今回もやはり上手かった。どちらも華麗なボールタッチと無尽蔵のスタミナを当時持っていた。
翻って現在、両者とも華麗なボールタッチは顕在だったが、当時無尽蔵だったスタミナは、EXILEの中の色白男子の比率ぐらい、少なくなっていたようだった。
サッカープレイヤーとしては抜群だったが、三井寿の次に諦めが早かったTSパイセンは、この日も2ゲーム目ぐらいで全てを諦めていたように見えた。
 
 
サッカー部ではなかったパイセンたちも数人いた。
しかし誰がサッカー部で誰がサッカー部でなかったのか、もはや誰にも分からないぐらい、コート上はカオスになっていた。
要するに動けない30代男子が10数人、フットサルコートに暑い暑いといって転がっているだけの様相を呈していた。
時の流れは残酷だった。
***
全てが終わったとき、僕は正直なところ、
「あと10ゲームいきましょう!」
と言いたかった。
この日のフットサルは2時間だったけれど、14−15時間動き続けるアイアンマンやウルトラマラソンで言えば、まだ序盤の3.8kmのスイムが終わった後ぐらいの感覚だ。
まだ動ける。全然へーき。
が、そんなことをパイセンに言える雰囲気でもなく、僕はすごすごと引き下がることにした。
 
何かまだ秘められた力を隠しているかのようなパイセンたちのプレーは、後から分かったことだがどうやら全力のようだった。
どこかでフリーザ様のように第2形態、第3形態、そして最終形態へとパワーアップしていくのかと思っていたけれど、どのパイセンも最後にはウーロンやプーアルのようにおとなしくしおらしく小さくなっていった。
脚が絡まって転ぶお父さん、というのが典型的なパターンで、そうなるまいとして僕はちょこっとだけ運動してきた。どうもその転ぶお父さん予備軍が今日は沢山集まっているようだった。
***
改めて思う。
あの頃の僕たちが動けていたのは、毎日動いていたからだ。僕たちにとって、動くことは勉強よりもはるかに大事な、プライオリティ1の項目だった。
そして今日のパイセンたちが動けなくなっていたのは、動くことの優先順位を大幅に下げ、そのまま十数年が経過したからだ。
別にそれが良いとか悪いとかではない。
運動よりも家族が大事。運動よりも仕事が大事。
社会人になれば多かれ少なかれ皆そうだろう。僕だってそうだ。
 
が、改めて分かったのは、

普段やってることはできる。

普段やってないことはできない。

という当たり前の事実。
要するに、人はやれることしかやれないということだ。あるいは出来ないことを出来るようになるには、出来ないことを出来るまでやるしかない。
センスとか才能とか、そういう言葉で何かを語る前に、自分が物事に対してDoなのかDon'tなのか、今一度考えたいと思った。
自分が向いてないと思い込んでること、苦手だと思ってることの大半は、圧倒的にソレに対して触れる時間が少ないのだ。
さて、今週末も朝6時からバイク練だ。がんばろう。
 
パイセン方、ありがとうございまシトゥッ!!!
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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