ひょんなことから約20年ぶりに高校サッカー部が1日だけ復活したので、その感動を2日に分けて書いた。
約20年ぶりに高校サッカー部が復活した話 その1
約20年ぶりに高校サッカー部が復活した話 その2
そしたら、とあるパイセンからお褒めの言葉・・・ならぬお叱りの言葉が届いた。
 

「バーベキューの話がちゃんと書いてねーじゃねーか!ナメてんのかてめー!!!」

 
oops、そう来ましたか。
書くことにしましたのでお許しくださいと謝意を表す。
ちなみにこのクレームをお送りくださったパイセンは、サッカー部の方ではない。
出身高校のヒエラルキーというのは、かくも理不尽なものなのである。
***
約20年ぶりに集ったパイセン方とのバーベキューが始まった。
パイセン方が感情的になると何を言われるか分かったものではないので、なるべく穏便に事が運ぶことを僕は心の底から祈っていた。
少なくとも、自分の胃袋を犠牲にしてパイセンたちの腹を満たすべく、肉を徹底的に焼く覚悟は出来ていた。
しかし、誰かにハメられたがごとく、しょっぱなから問題が噴出した。
 
まず、11時半から予約してあったはずのバーベキューが、会場的には13時半からの予約となっていた。
13時からフットサルの予約がしてあって、13時半からのバーベキューの予約をするはずがない。受付側はおかしいと思わなかったのだろうか?
恐らくは連絡系統がバーベキューとフットサルコートで異なっていたがゆえのミス。たぶん、誰も悪くないのだけれど、結果は結果だ。
こんな辺境の地にも、日本特有の縦割り行政の弊害が垣間見える。
これにより、全ての品目のデリバリーが大幅に遅れることが確定となった。
パイセンたちはのっけからイライラし始めていた。
 
乾杯をしようとして各自がビールを頼む。
幾人かは家族連れで運転業務があったため、ノンアルコールビールを頼んだ。
そしたら2杯目が拠出された時点でなんと売り切れ。
11時半という、営業開始の1ターン目にも関わらずノンアルコール派のモチベーションを支える商品が売り切れた。
兵站の乱れは、軍事の勝者と敗者を決定的に分ける。
飲食業とはいえ、ビジネスであり、すなわち戦である。会場となったこのお店は、夏休み商戦に勝つ気がないように思われた。
 
ようやく肉が運ばれてきた。
二郎を彷彿とさせる野性的な盛り方。
大将とおかみさんの二人で運営していると思われるこのお店のどこから出てきたのだろうと思われるほど見事な皿だった。
ただ、いかんせん量が少ないように見えた。
机に座っているのは10人ほど。皿に載っているのは恐らく4人前の肉と野菜。
これは俺たち(=僕と同期)は飯なしだな・・・と思いながら、焼くことにした。
 
そしたら、鉄板がいつまで経っても熱くならない。
肉を置いても、焼くどころか煮ているかのようにぐつぐついっている。
5分ほど焼いてみたが、5分間生温かい鉄板の上で煮たみたいな肉が出来上がった。
パイセンたちは、昔はバリバリのサッカープレイヤー、今はバリバリのビジネスマン。
そして、デキるビジネスマンほど、割いた労力に対して結果が出ないことを何より嫌う。
いつまでも肉を焼いている僕。いつまでも焼けてこない肉。いつまでも食べられないパイセン方。
昔から気の短いパイセンから順番に、キレ気味になっていった。
 
加えて、バーベキューの場所は屋外だった。
風の吹き抜けるテントでの屋外バーベキュー。これは最高だ。
しかしこの日は風が一切吹いてこない奥まった場所でのバーベキュー。
そうはいっても熱くなりつつあった鉄板の熱と、30度を軽く超えていそうな外気で、全員が汗をダラダラかいていた。
ビールを追加で頼むと、「あとは私が飲む分10リットルしかない。」とおかみさんに言われた。
なんてこったい、何もかもうまくいかないとはこのことか。てかあんた10リットルも飲むのか。
***

「こんなクソ暑いところでバーベキュー組んだヤツがうちの会社いたら間違いなくクビにするな!」

と、とあるパイセンがついに暴発した。
その隣では、今回の幹事をしてくれたパイセンが悲しそうな顔をしていた。
部活当時から、「誰のせいで試合に負けたか」という戦犯探しは、わりと頻繁にあったように記憶している。
勿論、負けたのは全員の責任だ。オウンゴールですら、それを犯したプレーヤーだけでなく、そのプレーを生んだ伏線にかなりの人数が関わっているはずである。
当時は、そういった直接の失点につながった戦犯探しを苦々しく思っていた。戦犯探しをしている本人も戦犯の一人なのではないかと。
しかし、最高責任者が明確でなく、誰も責任を取らない今の日本の政治やオリンピック問題を見るにつけ、この戦犯探しにも一定の合理性、必要性があったのではないかと大人になった今なら思える。
暴発したパイセンは、「お前も自分のやったことに対する責任を取れる漢になれ」ということを、キレたフリをしながら僕に教えてくれたのだろう。
自分を犠牲にしてまで後輩に何かを伝える。素晴らしい人格者だ。
***
最初に運ばれてきた肉は、推定4人前。
そのあともう4人前と思われる肉が運ばれてきて、それで一応の満足を全員が得ることができた。
僕も一通り肉と野菜を食らうことができ、お腹はもう十分に満足であった。
残るは、炎天下でのフットサルである。
 
・・・と思っていたら、先に出てきた2つの皿をフュージョンさせたような、巨大な皿が出てきた。

「ちょ、まーてーよ!」

僕のなかのキムタクが叫んだが、時既に遅しだった。
もはやお腹一杯なのに、それまでに出てきた皿に倍する量が目の前に展開される。
もうこれ以上食べたくもない肉に、もうこれ以上食べたくもない野菜、そしてもうこれ以上食べたくもないフランクフルト。
当初「たりねーよ!ふざけんな!」と文句を言っていたパイセンたちは、「多過ぎんだよ!ふざけんな!」とキレていた。
万人にとって「ちょうどいい」というのは、本当に難しい。為政者はど真ん中のつもりでも、国民はすぐに「右傾化だ!」、あるいは「売国奴!」と文句を言ってくる。
民主主義というのは、それぞれの人にとっての「普通」を最大限尊重するシステムである。しかし多様化する世の中で、その「普通」の基準自体が見る人によって揺れ動く。
バーベキュー会場の大将とおかみさんにとっての「普通」は、僕たちにとっての「異常」でしかなかった。
***
このように、バーベキューそのものをとってみれば、予約のすれ違い、飲み物の兵站不足、会場の気温、出てくる料理の異常な量と、マイナス点を挙げればキリがないと言えるレベルだったのかもしれない。
ところが、この日の採点をパイセン方にしてもらったとしたら、おそらく全員が100点を付けるであろうことは疑いない。
なぜならば、「約20年ぶりに高校サッカー部が復活し、みんなで飲んで食べて、ボールを蹴った」というたった一つの事実が、それ以外の不備をすべて帳消しにして余りある満足感を全員に感じさせていたからだ。
脂がのって動けなくなった中年が、清く正しかった青少年に戻って過ごしたあの数時間は、全員の記憶にかけがえのないものとなって残るだろう。
そしてそれは、予約の時間がズレてようが、ノンアルコールビールの備蓄量が少なかろうが、鉄板が熱くなるのに時間がかかろうが、肉の量が異常であろうが、関係ないほど素晴らしいことなのだ。
 
人生も同様だ。
ある物事に直面したときに、「やらない理由」というのはそれこそ線路の枕木のごとく沢山出てくる。
自分が言い訳の天才なんじゃないかと思ったことがある人は、きっと僕だけじゃないだろう。
「やらない理由」を1つ1つ撃退するのは、経験者なら分かると思うけれど、結構骨が折れる。
その一つ一つはいちいちごもっともな論理によって防御されており、それをぶち破るのはそう簡単ではない。
 
しかし、自分と向き合い続けたり、人との出逢いを経るなかで、どこかで「唯一無二のやる理由」が見つかる場合がある。
そうなると人は強い。
「唯一無二のやる理由」が2つになったり3つになったり10個になったりすることはない。あくまで数は1つである。
しかしそのたった1つの「やる理由」が、その他数十数百、場合によっては数千数万の「やらない理由」を駆逐してくれる。
ドラクエには「ニフラム」といって、聖なる強い光でモンスターを消し去ってくれる呪文があるけれど、ちょうどそれと同じように、「やる理由」によって「やらない理由」が消えていく。
僕自身も、最近見つけた「やる理由」のパワーに驚かされる毎日だ。
***
・・・なんてことを僕にカラダで教えるために、パイセンたちは敢えて過酷なバーベキュー場を選び、大将とおかみさんを巻き込んでトラブルを用意し、
キレたフリをしながら僕が大切な事に気づくことが出来るようお膳立てしてくれたのだと、今更ながら気づいた。
本当にありがたい。素晴らしいパイセンたちに恵まれて僕は幸せだ。
僕は、そんなパイセンたちの器と想いに感謝しながら、家でひとりごちた。
 
 
 
 
 

んなわけないか。。。

 
 
 
 
と。
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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