「へぇ」、な小ネタです。
 
以前から、ずっと疑問に思っていたことがある。
「絶対権力者の子どもはなぜたくさん死ぬのか?」
・・・といっても、正確なデータを持っているわけではない。あくまで印象値。ただ例えば、世継ぎに恵まれなかったり、たくさん産んだのにたくさん死んでしまったりと、絶対権力者(王様とか皇帝)の子はあまり長生きしないイメージがある。
その原因がついに判明したのと、人生へのヒントも得ることができたのでシェア。

 なぜか死にまくる、絶対権力者の子ども

経営者必読と言われる史上最高の歴史小説、「銀河英雄伝説」に出てくる絶対権力者、銀河帝国皇帝の子は、皇帝本人の頑健さに反してことごとくカラダが弱く、早逝した。また場合によっては様々な障害を負って生まれており、将来の公務に耐えられない子供が多かった。
フィクションなのでそれはそういう設定でしょうということなのだけれど、ただこの小説は過去の歴史の最大公約数を法則化してストーリーが練られており、絶対権力者のあるあるが仔細に描かれている。子供がよく死ぬというのも、そういう歴史の振り返りにおける頻出事項である。
 
史実で言うと、800年ほど前の時代の興味深い(と言っては不謹慎だが)データがある。当時のイングランド王エドワード一世と王妃エリナーの間に生まれた16人の子供(!?)の行く末が記録されており、これがまた凄まじい。
1、1255年、娘(名前は不明)、誕生時に死亡。
2、娘、キャサリン、1歳あるいは3歳で死亡。
3、娘、ジョーン、6ヶ月で死亡。
4、息子、ジョン、5歳で死亡。
5、息子、ヘンリー、6歳で死亡。
6、娘、エリナー、21歳で死亡。
7、娘(名前は不明)、5ヶ月で死亡。
8、娘、ジョーン、35歳で死亡。
9、息子、アルフォンソ、10歳で死亡。
10、娘、マーガレット、58歳で死亡。
11、娘、ベレンガリア、2歳で死亡。
12、娘(名前は不明)、誕生後間もなく死亡。
13、娘、メアリー、53歳で死亡。
14、息子(名前は不明)、誕生後間もなく死亡。
15、娘、エリザベス、34歳で死亡。
16、息子、エドワード
奥さん、産みすぎ。
子ども、死にすぎ。
 
のちのエドワード二世となる16番目の子、エドワードが男児として唯一、生命の危険を乗り越えて成人までこぎつけることができた。ちなみに、この両親は当時の世界最高水準の生活をしていた。つまり、これは相当に環境が良い方の事例だった。
当時はそれぐらい衛生環境が壊滅的だったんです!だから人口が増えなかったんです!というのが今までの通説であり、僕もそう考えていたが、どうやらそうではないかもしれない、つまり、他に原因があったのかもしれないことが強く裏付けられる実験結果が発表された。

 「ネイチャー誌」による、ゴミムシダマシ科の甲虫の実験

科学誌「ネイチャー」で、こんな実験が為された。詳しくはこちらの記事を読んでいただきたいのだけれど、要約すると、こういうことである。
実験内容:甲虫を交配させ、様々な負荷をかける実験を行った。Aグループではオス:メスの割合を9対1になるようにし、別のグループではその割合を下げた(5:1とか3:1とか1:1とか)。ちなみにオスがメスを巡って競争することを、「性淘汰」と呼ぶ。
実験結果:強い性淘汰に晒されたグループ、つまり9:1の熾烈な競争を課されたAグループは、20世代に渡る交配を繰り返し、生き延びた。オスメス比が安定しており、Aグループに比べれば安心して子作りができたはずの他のグループは、反面性淘汰なる競争環境は弱くなり、そして全て10世代以内に絶滅した。
実験の考察:オスがメスを娶るために繰り広げられる競争は、種の遺伝的優位性を保つために必要不可欠である。ある意味でダーウィンの進化論が裏付けられる形となった。
つまり、
オスがメスを巡って戦うことが、子孫を強くする!
ということが実証されたということになる。これは結構すごい発見じゃないだろうか。そして同時に、僕がずっと思ってきた疑問への答えも提供してくれてるのじゃないだろうか。
さらにはこれからの日本の未来にも重要なインサイトを示してるようにも思えてならないが、どうだろうか。

 競争がないから子どもが弱い、のが絶対権力者

「なぜ絶対権力者の子どもはたくさん死ぬのか?」という疑問の答えは、これである。
絶対権力者は絶対権力者であるがゆえに、たくさんの女性と関係を持つことが許される。幕府の将軍が側室をたくさん抱えていたのもそうだし、「キングダム」に出てくる王様には夜伽の時間がスケジュールに組み込まれている。
 
しかし、絶対権力者に、他のオスと競争するという発想はない。その状況もない。初代の権力者であれば、苛烈な権力闘争を経てきているからまだそれなりの性淘汰に晒されているが、権力が安定した後、また2代目以降はその環境を持たない。
そして性淘汰を経ない生殖を繰り返すことになり、いつのまにかあれがあーなってそうなって、弱い子どもが生まれる、というループにハマることになる。
 
安心安全を求めるのが人間の基本的な欲求の1つではあるが、その安心安全が手に入ってしまうと、今度は種として弱くなる、という大いなる矛盾。
虫と人間が100%同じというわけではないにしても、長年の疑問が氷解する程度には、説得力のある実験結果だった。

 一般社会もそうかもかも??

翻って、この話は一般社会にも適用できると考えられる。また、こと生殖以外の社会生活にも、広く当てはまると思われる。
大企業とは異なり、立場が安定している中小企業の社長に、わりと人格的に腐った人が多いのは、社内に社長の椅子を巡る競争がないからだろう。自分でも気づかないうちに、彼らはどこからかおかしくなっていく。
しかし誰からもそれを咎められない。咎められるのは、従業員がある日突然離反し、売り上げが激減し、会社が倒産するときである。
 
「ウィンドウズ2000」、「ウィンドウズ1500」と呼ばれる、商社の窓際族のおじさんたちがなぜ生まれ続けるのかというと、出世を諦め仕事でのパフォーマンスもそこそこで良い環境を許されるがゆえに、競争から縁遠くなり、ボケるからだろう。
もうとっくに絶滅したと思ったら、前職にもいたし、知り合いの商社にもまだ厳然たる影響力を持って存在しているという。ちなみにどんな影響力かというと、「ああはなるまい」と前者に危機感を植え付ける力のこと。
 
「あらゆる権力は腐敗する」と言われているのは、権力を獲得することと権力を維持することの間に、万里の差が存在し、権力基盤が盤石になればなるほど、思考も行動も当初の理念から乖離して弱体化していくからだろうと思われる。
全ての政治家が、最初から腐っているわけではない。むしろ、最初は理念に燃えている場合が多い。しかし、権力の階段を登っていくごとに、政敵を片付けるごとに、政治家としてはただの権力厨となり、弱体化していく。
中東やアフリカに多い腐った政治家は、こうして生まれていく。
 
競争は、本来我々が求めるものではない。僕だって、競争なんて本来ならばしたくない。
しかしその競争を最後には排除できるまで頑張ったとして、そこから堕落や腐敗が始まるのならば、意図した競争を自分や組織に課すことは、計画の中に入れておいた方が良いのかもしれない。
ちなみに僕はそれがなんとなく分かっていたからか、時々ウルトラマラソンやアイアンマンを通じて自分を極限状態に置いている。その場合、競争相手は自分自身だけれど、確かに生物としてのスイッチを入れる効果はあると思う。
そんなわけで皆さん野辺山ウルトラマラソンへレッツゴー。
 
あ、最後にもう一つ。自分には到底無理だけど、
ナンパばっかりしてるやつは大抵仕事ができる
という法則も証明された。性淘汰の戦場に常に身を置いているわけだから、そりゃそうだろうということだ。
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