「キングダム芸人」によって流行る前の連載当初からの「キングダム芸人」を自負する筆者による、「キングダム」に関するマニアックな考察集です。ネタバレ上等、「キングダム」通読経験のある、中級者以上用のエントリをお送りしていきます。
前回までの考察は以下。

 
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40巻までは、「危機対応型リーダー」の物語
「キングダム」の主人公は、のちに将軍となる下僕出身の信だが、もう一人主人公がいるとするならば、それは秦国の王様・政であることは間違いない。
のちの秦の始皇帝であり、戦国史七雄のうちの一国に過ぎなかった秦が、どのようにして中華を統べる存在となっていくのか。その秦を導く政という存在は、この物語の中核の一つとなっている。
 
ただこの政、現時点で52巻発売されてるうち、かわいそうなことに、邪魔に次ぐ邪魔が入りまくりマクリスティ、なんと40巻に至るまでは後ろ向きな仕事しかできてない。いわば、
危機対応型リーダー
としての役割を強いられ続けている。1巻が始まった時点から続くその災難は、幾度かの平穏がありながらも、基本的には危機が発生→一生懸命対応→なんだかんだ鎮圧・平定といったプロセスを踏んでいる。
 
例を挙げると、下記がある。一言で言うとかわいそう。
▼1巻目で王弟・成矯の反乱が発生:義母兄弟の成矯が政の王座を狙ってクーデターを起こす。信の親友であり、政の影武者となった漂はここでいきなり死亡。
▼8巻では政が生まれた時から災難続きだったことが発覚:敵国・趙で生まれた政は、人質として生かされはするものの、周りの人間、および実母にまで虐待を受けて育つ。政が若年王なのにやたらと精神年齢が高いのは、このときの経験に由来する。
▼9巻では、宮廷内の勢力が放った刺客に襲われる:若年で即位した政の後見人となっていた呂不韋から、命を狙われていたことがのちに発覚。もう誰を信じて良いか分からない!懐刀の信がまたも政を救う。
▼11巻では、弱小国・韓を攻めている間に、隣国・趙に攻め込まれる:政が即位する前の将軍が趙に対して大虐殺をカマしてしまったため、その恨みに燃える趙がめっちゃやり返してきて国土が蹂躙される。
▼16巻では、秦国を支え続けた往年の名将を失う:3代前の戦神・昭王に仕え、次に仕える王を政にすると決めた秦の怪鳥・王騎が、のちに列国の脅威となる趙の李牧に完敗。王騎将軍ファンは多いが、なんと16巻で物語から死別。短い間ではあったが、信の師匠でもあった。
▼18巻では、実の母と後見人が姦通し、政に敵対:実の母である太后と秦国丞相の呂不韋が、元カレ元カノの間柄であることが発覚。今また関係が復活し、ただでさえ弱小なのに宮廷の勢力争いは政に一気に不利に。
▼25巻で合従軍が発生、秦国は六国から攻められリンチ状態に:趙の李牧が中心となり、秦国を除いた趙、魏、韓、楚、燕、斉が合従軍を興して秦国に攻め込む。斉が初期に離脱したため一国対五カ国となったが、それでもリンチ状態は変わらず。国家最大の危機に瀕し、有力な将軍を数人失う。
▼31巻では引き続き合従軍に襲われ秦国滅亡の危機最中にも関わらず、相変わらず保身しか考えない呂不韋に狙われる:あと川ひとつ超えたらもう首都が陥落するという段になって、保身しか考えない丞相・呂不韋に首を狙われかける。政の首を差し出せば許してもらえるだろうという、ありがちな思考。
▼34巻では王弟・成矯の反乱を仕組まれ、同士討ちをさせられる:仲直りしたと思ってた成矯を再度反乱分子に仕立て上げる呂不韋の陰謀に見事ハマってしまい、成矯は討ち死に。政は過去仲違いし、現在は有力なパートナーであった成矯を失う。
▼37巻では母である太后が勝手に国を建設し、独立:宦官と政の実の母が姦通し、子供まで出来ていたため、跡継ぎに継がせるための国(毐国)を太后が勝手に作ってしまった。諸国も勝手に建国を認めて秦国の力を削ぎにくるしてんやわんや。
▼38巻では、自身の成人式(みたいなもの)の開催中に、首都陥落の危機:前述の毐国の兵士、および丞相・呂不韋の手先が催し物中に国璽を偽造して秦国首都に攻め入り、全部ひっくり返りそうになったところをやはり主人公・信が粉砕。これにて政敵・呂不韋をようやく表舞台から葬ることい成功。
 
もうね、危機しかない。線路の枕木のごとく次から次へと押し寄せる危機に対応し続け、ようやく正式な王様と諸国に認めさせ、政敵を打ち滅ぼしたのが40巻。ここから、物語はガラリとテイストを変える。
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41巻からは、「危機創発型リーダー」の物語
40巻までを「危機対応型リーダー」の物語とするならば、41巻からは「危機創発型リーダー」の物語となっていく。ここに至り、政に求められる能力はガラリと変わっていく。
40巻までは、迫り来る危機に常時手一杯ではあったが、ある意味で向こう側から解くべき課題は次々やってきた。政サイドには力もなく、内敵に対しても外敵に対しても、仕掛けられた戦いに応戦することが、政のリーダーとしての役割だった。
選択肢は一つしかなく、ただただ目の前の危機に対応すること。大変は大変ながらも、「選択肢を選ばなくて良い」というのは意思決定論としては楽な話であった。
 
ところが、40巻で以ってそれが終わる。一旦ここで、物語が終了してもおかしくないほどの平穏が訪れてしまった。たとえば「秦国はこれにてようやく統一され、以後再び七雄による戦国時代へと突入していくのであった・・・」とかいって話が終わることも十分にあり得た。
政にとっては実に潤沢な状況が整っていて、内政の充実に目を向けて向こう10年は戦争をしないなどと決めることも出来たし、ようやく危機が去って王様らしくできるようになったので全国の旅行に行っても良かった。
とりあえず戦国七雄の最弱国の韓だけを滅ぼしにいくとか、最大領土を誇る楚とだけは同盟を組んでおくとか、基盤を盤石にするための戦略を練る時間を取っても良かった。あるいは王様らしく色欲にふけるなどの放蕩生活も、やろうと思えば出来ただろうと思う。
取り得る選択肢は、無数にあった。それまでの状況を考えれば、非常に贅沢なことである。
 
しかし、政はここで一切の妥協を廃し、戦国七雄の残り六カ国を滅ぼすという15年計画をぶち上げる。止める人間がどれだけいても貫き通し、「お前、そんなこと言ったらもう一回合従軍やるよ?」と脅してきた他国に対しても喧嘩を売る。
全ては、
中華を統一し、戦争を無くす
というビジョンのために。
 
41巻の秦の状態では、取り立てて目を向けるべき危機は存在しない。相変わらず競合はたくさんいるが、それはかれこれ500年も続いてきたことであり、むしろ内敵がいなくなった今となっては、秦国にとっても政にとっても、直近の脅威はないと言って良い。
しかしこの平和もどきが続き、そうはいっても各地で戦争はなくならず常に中華全土が不安定というこの状況を良しとせず、現状維持こそが危機であると定義する。
ここから15年間戦争をしまくり、幾百万もの犠牲を出しながら、それでも中華統一を成し遂げることこそが目指すべき道である。そうして、人が人を殺さなくて済む世の中を作り上げる。
それが、政がぶち上げたビジョンだった。
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危機を創発できることこそが、リーダーの条件
これは現在のリーダー論にも通じることで、甚だ興味深い現象だと思う。
多くの人が「別にいいじゃん」、「不便だけどこのままでよくね?」、「てかめんどくさくね?」と思って諦めたり目を瞑ったりしているものに、強い怒りを感じることができ、それを自身の信念にまで昇華させられること。
そして見つけだ課題を解決することを通じて具体的なビジネスの形に落とすことができること。これが、政が41巻以降にやったことであり、孫正義やイーロン・マスク、故スティーブ・ジョブズなどの稀代のリーダーが共通して持っていた資質である。
 
放っておいたとしても、不都合はありながらも、また不便はありながらも、大きく現状を変えるほどでもないと大衆が思ってしまっている問題というのは、世の中にたくさんある。
貧困がそれであり、格差がそれであり、移動や通信の不便がそれであり、エネルギー問題がそれである。それらは仮に解決されなかったとしても、それを成し遂げてきた人がいない以上、責任は誰にも帰属しない。何もわざわざそこに目を向けなくても、個人単位で見れば十分に幸せに生きることは可能である。
 
しかし政はそれをしない。現状維持を良しとしない。
自分の生活を充実させることも、せっかく落ち着いた秦国を形の上で太らせることも、しない。ただただ前へ、理想の実現のために前進する。
戦争のなくならない現状が仕方のないものであるという諦め自体に対する強い怒りを持ち、何が起きても不退転で臨むことを誓う。そしてそれを国全体に求める。
これぞ、危機創発型リーダー。
ある程度身分が保証され、事業的にも個人的にも安定してきて、さぁ何もしないということも含め選択肢が山ほどあるぞというときに、それでもビジョンの実現のために、現状維持を良しとしない姿勢を貫けるか否か。
そこまでして実現したい何かを描けているのかどうかが、真のリーダーとそれ以外の分水嶺だと思う。
 
一つ問題があるとすれば、
付いてく側がめっちゃ大変やん
ということである。がしかし、めっちゃ大変ながらもなんとかその目的を共に成し遂げたいと思わせるだけの、強烈かつ苛烈なまでのビジョンが、政にはあったのである。
やっぱり「キングダム」はリーダー論の教科書だわさ。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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