先日、友人と話していたときに、ふとした内容で過去に持ってた価値観に共通点を見出したことがあった。
物事を「嫌い」と判断するのは、どういう基準なんだろうねという話。
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日本と日本人が嫌いだったあの頃 
僕も友人も、若かりし頃は日本および日本人のことが嫌いだった。
というのも、旅行先や留学先で、外人に日本のことを説明するときに、なぜか"I hate Japan"ぐらいのことは平気で添えて言ってたからだ。"hate"の意味は直訳としては「憎んでいる」ということになるが、あの頃のニュアンスとしては「ダサい」とか「軽蔑してる」といった意味で発していたように思う。
なんで?と言われると難しい。そう思っていたから、としか言えない。強いて言えば、僕の場合や父親が外資系に勤めており、日本企業よりも外資系企業がカッコいい、日本よりも外国がカッコいいと思っていたからだった。
 
また、なんでか知らないが英語を中学から大学まで10年も学んでおいて、英語がほとんど話せない日本人という民族について、唾棄すべき存在だとすら思っていた。日本はダメさ、これからは世界だよね。
そんなふうなことを吹いていたあの頃。日本人のことは嫌いではなかったが、劣った存在だと思っていた。国に関しては最低ランクの点数をつけていた。外国にいって日本のことを自慢したことは、一度もなかった。
 
あれから15年ほど経ち、今の僕はというと、日本も日本人も大好きになった。
なんで?と言われるとこれまた難しいが、はっきりしているのは
日本と日本人のことをよく知るようになった
が一番適した答えだと思う。
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知ることで好きになる、知らないことで嫌いになる
きっかけは、些細なことだった。
いつものように意識高い系で生きていた20代後半の僕は、ふとしたタイミングでこんな文字を目にした。
「デキるビジネスパーソンは、歴史を学んでいる」
デキるビジネスパーソンになることが全てだったその頃の僕にとって、こういう文章は魔法の言葉に映る。一にも二にもなく、早速歴史に飛びついた。
 
「致知」を読み始めた。
日本で唯一(かどうかは知らないが)の人間学の雑誌で、日本のこと、日本人のこと、日本企業のことがたくさん書いてある。今まで習ってきた歴史では「何が起きたか」が中心となっていたが、そこには「なぜそれが起きたか」、「なぜそれを起こしたか」が書かれていた。
大迫よりもハンパない日本人のことがたくさん書かれていた。「ちち」と言えば、親父と悟空の奥さんと乳のことしか知らなかった僕にとって、神聖な響きを持つ言葉になった。
ベタかもしれないが、手始めに「坂の上の雲」を読み、「漫画日本の歴史」を再度振り返った。全然足りないけど数十冊の歴史に関する本を読んだ。
 
気づけば、日本と日本人に関する知識は飛躍的に伸びていた。
数十数百のエピソードに触れるにつけ、ダサいと思っていた日本も日本人も、実はめちゃくちゃカッコ良いのだということに気づいた。
未だに古代とか中世にはあまり興味がないが、明治維新から大東亜戦争あたりの近現代史は、育ててもらった祖父母が生きた時代だということもあって臨場感がありめちゃくちゃ面白かった。
日本と日本人のことをたくさん知った。そして、好きになった。ここに書いてある本を読むと、今の10倍ぐらい日本と日本人のことを好きになれるのでおすすめ。タイトルがアレですが。。

僕や友人は違う角度から学んではいたのだが、一つ言えることは日本と日本人のことを知れば知るほど、好きになったということだ。
あんなに「ダサい」とか言ってたのはどこへ行ったの?と思うぐらい、変節してしまった。あの頃なぜ僕たちはそんな感情を持っていたのかを振り返ると、非常に単純なことに
知らなかった
というに尽きる。日本に生まれ、日本人に囲まれて育ったはずなのに、あまりに無知だったのである。そして、ミーハーに外国をおっかけてるうちに、自分の土台となる存在にマイナスの感情を持つようになっていた。
知らないから嫌いだったものを、知ったから好きになった。非常に単純な話だが、これは何にでも言えることなのではないだろうかと思った。
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「嫌い」の流儀
なるべくなら、人生ハッピーに暮らしたい。それには、いつも笑っていること、楽しんでいることが不可欠だ。
しかし、人間である以上、どうしても好き嫌いが発生する。特に、「好き」は人生を好転させるのでそのままで良いのだけれど、「嫌い」は存在は仕方ないにしても、できることなら減らせるほうが良い。
嫌いな食べ物がたくさんあると、食事をしていても楽しくない。それと同じことだ。
 
その物事を知り尽くしていて、なお「嫌い」であるとしたら、これは仕方ないと思う。
僕だって色白で細くて発言がネガティブな男は嫌いだし、カネカネ言う女も嫌いである。知ってて嫌いになる分には、全く問題ない。人間だもの。
 
しかし、今回の僕や友人のように、ただ「知らない」というだけで反射的に嫌いになってるものがあるとしたら、どうだろう?僕たちは日本に生まれて日本人に囲まれて育った。それだけ多く触れていても、なお「知らなかった」のである。
とするならば、普段「嫌い」と判断してしまっているもののなかでも、実はあんまり知らないものも多分に含まれているんじゃないだろうか。というかむしろその可能性は極めて高いというふうに考えた方が、至極合理的である。
(高校で日本が犯した戦争犯罪についてこれでもかというほど教育された、そらそうなるだろとも言いたい。今は世界の悪の根源は欧米の列強だと思ってるよちなみに。)
 
「無知はコスト」という14年ほど前に習った格言を僕は今も大事にしているが、この言葉の意味するところしてはこういうことなのだろうと思う。
日本のことを、日本人のことを嫌いなままで人生生きてたとしたら、どれほどの損失だったことだろうと思う。自分の土台をすら愛せず、それでどんな人生になっただろうと考えると恐ろしくなる。
これからは「嫌い」なものや人に関しても、ちゃんと知ってから判断しようと思う。それが、自分にとっての「嫌い」の流儀だ。
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