先日、センター試験が実施された。
僕が受けたのはちょうど20年前。うわ、やばい。時間経ちすぎ18歳と言えば青春・・・じゃなくて受験戦争真っ只中で、後述のように毎日ピリピリしていたのを思い出す。周りの友人たちが軒並み高得点を叩き出す中、一人信じられないような(といっても実力的には当然の)点数をとって、絶望していたと記憶している。
他の皆にとってはどうだったか分からないけれど僕にとっては肥大化した自我が急速に地に足をつけようともがいている時期だったのがこのセンター試験前後。
20年前と自分で言ってしまうとちょっとセンチメンタルな気分にならないでもないが、一人の受験生であったあの頃を久々に振り返って言語化しておきたい。
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転落し続けた3年間
ピカピカの高校1年生になった最初の夏の中間テストで、僕の成績はクラスの真ん中らへんにいた。高校受験がやっと終わったばかりだったので大して勉強もせず、しかしその当時の下積みがある程度残っていた僕は、可も不可もない成績にそこそこ満足していた。
「やればできたけど、やらなかったからこんなもの。」というふうに解釈していた。この時点では、部分的に正しい解釈だったと思う。
隣を見ると、大騒ぎしているヤツがいる。アホで有名なY君だった。それなり以上に厳しいこの高校への受験を、どうやってくぐり抜けたのだろうと訝しむほど、アホなヤツだった。クラスのビリなどさすがにとったことがなかった僕は、ああはなるまいと密かに思っていた。当時僕が通っていた高校は、自分で言うのもなんだがお世辞抜きに結構な進学校だった。
 
中学では親の言うこと、先生の言うことをそこそこは聞いていた僕も、高校では身体の成長と反比例するように、どんどん精神年齢が下がっていった。簡単に言えば、エルサみたいに「ありのまま」を強く求めるあまり、「義務」と「権利」でいえば後者ばかりを主張するようになっていったのである。自分でもそれと分かりつつ、だんだんと泥沼にハマっていった。
まず、生活習慣が乱れた。親の鬼のような起こしに屈することなく寝続け、降参させるのに時間はかからなかった。週に何日かは5時間目から出勤することが当たり前になった。たまに1時間目から出勤した日は、驚かれた。
また、「授業中に寝る」という技を高校に入って初めて覚え、その快感に身を浸し続けた。授業中は寝ていて、しかしテストの点は素晴らしい。そんな人間を目指していたが、脳みそは期待したほど働かず、成績は目で見てわかるぐらいの下降線を辿った。
気づけば、アホで有名なY君とは、しっかりと競うようになっていた。いや、最後の方は負け越しだったかもしれない。「やってないからできない」が常態化していた。
 
高校3年生の2学期の学内テストで、得意なはずの現代文で偏差値8、苦手な数学は頑張って全部答案を埋めたのに部分点が1点たりとももらえず0点を取った。これはこれで学内トップ(=ビリ)だと思って誇らしげに周りを見渡したら、Y君の成績はさすがに下回ることが出来たものの、N君という僕をもう一回りアホにしたようなさらなるアホが立ちはだかった。
彼は、現代文の偏差値が5だった。転落できる限界まで転落したはずなのに、ビリの座を掴み取ることすら出来なかった。365人中364番だったことを、今でも覚えている。
さらに、受験と関係ないはずの地学の授業をやたら休んでいたらしく、2学期の時点で「お前、あと1時間休んだら留年ね」と宣告されてしまった。あと数ヶ月残ってるのにもうちょい早く言ってくれよと思ったが、さすがに留年という選択肢を取った友人は周りに一人もいなかったため、ようやくここで目が覚めた。ラスト数ヶ月は、ちゃんと1時間目から出勤するようになった。
 
こういう話をすると、必ず「とはいっても進学校だったんでしょ?」という人がいるが、それは敢えて否定しない。今考えても、全国屈指の進学校だった。あくまで学内偏差値が8に落ちただけであり、全国的にどうだったかは分からない。
進学校で良かったなと思う点としては、周りが超絶優秀だったことが挙げられる。幾人かの友人は、高校2年生時点で普通に東大模試のA判定をもらっていたし、「◯◯の定理」なんてものを開発しているヘンタイもいた。本来ならば僕のような凡才が口も聞けないような天才たちが、そこらじゅうに転がっていた。
こういう環境にいると、間違った(ある意味で結果としては正しい)勘違いが生まれる。"I am one of them"な気がしてくるのだ。彼らは勉強しているから東大模試がA判定なのである。じゃあ自分も勉強したら、そうなるはずである。こんな単純極まりない数式が、頭の中を駆け巡る。
あの頃はそんなことを微塵の疑いもなく思っており、しかし努力をしなかったため、それが叶うことは永久になかった。なかったのだけれど、しかし「やればできるから」という自我だけは、肥大化し続けていたように思う。自分が「やってないからできない」人間であり、「やらないから永久にできるようにはならない」人間である可能性は、全く考えなかった。
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ラスト4ヶ月間、怒涛の追い上げ
そんなこんなで高校3年生2学期に現代文の偏差値8、数学の点数0を獲得し、あと1時間休んだら留年というところまで追い込まれて、僕は初めて覚醒した。
・・・といってもベジータ様のように自分への怒りで覚醒したわけじゃなく、例によって他力だった。通っていた塾のF先生が、ぱっと見ものすごく頭悪そうな顔をしているのに「僕は底辺から4ヶ月間だけ1日16時間勉強して、それで東大に受かりました」なんて言うもんだから、本気にしてしまった。
「あの先生で1日16時間でできたんなら、俺なら1日15時間やれば東大受かるだろ。」
そんな根拠が一ミリもない仮説を立て、本気にする力がまだあの頃の僕にはあった。僕はその自慢話を聞いた瞬間から、本当に1日15時間勉強し始めた。
睡眠時間は4時間半、昼寝も少々。冬休みに入ってからは受験対策月間で学校に行かなくてよくなったので、これで数ヶ月ほど戦ったと記憶している。
成績は目に見えて良く・・・はならなかった。まぁまぁの成績で入学し、3年間かけて堕落し続けたツケは小さいものではなく、受験間近になってもサインコサインウソクサインが分からなかった。
 
問題が一つあり、僕の志望校は東大だった。「なんで?」と聞かれると難しい。「周りがそうだったから」というのが一番正しい。また、小さい頃は本気で世の中には東大しかないのだと思っていた。「受験?東大だけだろ?」と真顔で言う父の影響も大きかった。
本人にその能力がなくとも、親がその気で、周りの友人にその能力があり、導いてくれた先生にその経験があると、どうも勝手にそういう気分になるらしい。これは勘違い極まりないながらも、ありがたい勘違いだった。「やればできる」と思えないと、人は一歩目を踏み出すことすら難しい。一歩目を踏み出さないと、二歩目も三歩目も存在しない。

自己概念と環境って大事だ。
 
高校3年生2学期にもなって現代文の偏差値が8、数学の偏差値が23の人間が、どうやって東大に受かるのか?
知らんがな
というのが正直なところだった。でも僕には、勝算があった。やればできると思うからやる。やるからできるようになる。このサイクルを回す自信が、どこかにあった。頭が適度に悪いというのは、そう捨てたもんじゃない性質な気がする。できないかもしれないという現実を見ないのだから。
惜しむらくは数学をほとんど捨ててしまったこと。なぜか英語と国語と世界史でまくれると、勘違いしていた。せっかく先生が立ててくれたカリキュラムにも従わず、サインコサインクソクサインがいつまでも覚えられないまま時間だけが過ぎていった。
***
受験本番
そうして迎えたセンター試験は、可も不可もなく・・・という出来どころではなく、はっきりと「不可」な出来だった。この点数で東大に受かったら奇跡だよね、と真顔で言われるほど一般に東大に受かる水準とは乖離していた。足切りには遭わなかったものの、ほぼ記念受験にしかならないようなレベルだった。「東大に受からなければ、浪人する」と機械的に言っていた僕に、おかんが別の学校の願書を携えて部屋を訪ねてきたのはこの頃だった。
「あんた、どうせ東大なんて受かんないんだから慶應と早稲田も受けなさい。」という命令だった。子供が信じる可能性を潰そうとする「毒親」、なんて表現がこの頃にはなかったけれど、当時の僕にはそう思えた。2次試験に向けて努力を惜しまない僕に、「どうせ」だと???
まず、笑い飛ばしてしまった。ここからさらに志望校を増やしたらどうなるか、そんなことすら計算できないのだから。

 
次に、怒りが湧いてきた。1つに絞らねば勝てない勝負なんだぞ!!!

 
東大だけでも科目数が多いのに、この上さらに慶應と早稲田の対策までしたら、身も心も持たない。試験まではあと1ヶ月ないんだぞ。それなら、受からないかもしれないけど東大に玉砕させてくれ。心が成熟していない青年将校は、行動が感情に伴って0か100かに振れる。極限状態にいた僕の回答は、もちろん"No"だった。
 
マクドナルドでハンバーガーを頼んだら「ポテトはいかがですか」と店員さんが軽く添えると、そうは思ってなかったのに頼んでしまう場合がある。同じように、おかんは「聞きなさい。1学部につき1万円あげるわよ、受けるだけで」と添えてきた。

そうして僕は「東大しか受けない!」という前言をあっさり撤回し、目の前に差し出された1万円札を数枚掴み取ることとなった。そんなこんなで東大にはやはり落ち、しかし先に提案されたとある学部に補欠で引っかかったため、そこに通うことになった。
補欠合格が分かったあとも執拗に浪人すると息巻いていた僕に、またおかんの「ポテトはいかがですか?」が炸裂した。「この学部は女の子が可愛いらしいわよ?」先延ばしされた報酬を信じるウブな青少年は、これに堕ちた。20年たった今、そこからそんなことがありあんなことがあり、2人の珍獣の父親でいることができている。
受かったのは本当にたまたまで、英語が得意で世界史がまぁまぁで小論文は文章センスがわりとあったから。また、マークシートの回答率が神がかりに高かったのだろうと思う。ただとある学部を受けた際にはインフルエンザと蕁麻疹がダブルで直撃した直後で、フラフラになりながらの受験となったのは今でも覚えている。
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受験戦争で学んだこと
今考えてもラスト数ヶ月は壮絶だったと思う自分の大学受験を振り返ってみて、いくつかポイントがあったように思う。列挙してみたい。これを言うとイヤなヤツだなと思われそうなことも、本当に思ってることなので書いてみる。
 
1、「できる!」と思えることから全ては始まる。
結果的に東大は落ちたものの、そもそも受けようと思えたこと、受かると思って努力したことは、振り返ってもっとも大事な要素だったと思う。
なぜそれが思えたか?と言えば説明は難しいが、父が「東大いくんだろ?東大しかないんだから当たり前だろ?」と僕の実力も顧みずに適当な洗脳をかけてきたことと、頭が悪そうに見えた塾の先生が「僕はラスト4ヶ月間1日16時間勉強して東大に受かりました」と追い上げの具体的な方法を知っていたこと。この2点は決定的に重要だった。
知らないことは思いつけないので、実力があるかどうかは別としてそういう選択肢が俺にはあるんだと思えたことが、全ての始まりだった。たまにしか帰ってこない父親と、大して身のある授業をしてるわけではなかった塾の先生に、感謝したい。
 
2、コツは2つだけ。コツコツ。
結果論で言えば現役で大学生になることができたわけではあるが、もっともやってはいけないパターンで事を終わらせてしまったとある意味後悔している。
この歳になって思うのは、やはり最強なのは「コツコツ」しかないということだ。僕が15時間勉強していた時期に、頭も素行もよかった友人たちは、その半分ぐらいしか勉強していなかったように思う。それは、彼らが高校1年生の時から寸分もサボらずに授業に出てノートを取り、ちゃんと予習復習もして塾にも通っていたからだった。
大した能力もないのに、あとから努力だけでなんとかできると思う神経がおかしい。自分には才能があると勘違いしている人間ほど、継続的な努力をバカにする。当時の僕がそれであり、今だったらハリセンボンで頭をばしーんとやってやりたい気分だ。
 
3、生活リズムと実力は遠からず一致してくる。
精神年齢が幼い、または正確な知識が欠如していると、パッと見て因果関係がはっきりと分かるもの以外は、切り捨ててしまいたくなる。
たとえば、数学の授業を全く聞かず問題集もやらず塾にも行かず予習も復習もせずだと数学ができなくなることは簡単に予想がつく。だから、この問題への答えとしては、「数学に真面目に取り組むこと」なのは僕でも分かる。因果関係が明確だからだ。
ところが、「早寝早起き朝ごはん」や「授業にちゃんと出ること」と成績の因果関係で言うと、当時の僕には分からなかった。親や先生の都合で言われているようにしか聞こえず、しかし実際は彼らが正しいのだが、自分の中では関係ないものとして切ってしまっていた。
特に生活リズムの乱れは深刻で、今思えば学業にしろスポーツにしろ、あるいは今やってる仕事にしろ、生活リズムがほぼ全てを規定すると言っても過言ではない。それがわかっていなかったため、「生活リズムはともかく、結果だけ出せばいいんだろ?」と思っていた。その結果を出すのに最初に見直さねばならないのが生活リズムだったんだけど・・・。
喝!
 
4、周りの「当たり前」が、自分の「当たり前」になる。
学歴や大企業が全てではないことは当然の話ではあるが、それはちょっと置いておいて。周りにいる人間の「当たり前」がこうも自分の能力と努力に影響するのかと思わされたのが、高校での経験だったと今でも思う。
僕はともかくとして、周りの友人たちの「当たり前」は、東大であり、あるいは医学部だった。ほとんどこの2強がみんなの志望先を占めていて、それ以外はほとんど聞かなかったように思う。しつこいようだけれどこの良し悪しは別として、しかしこれって結構すごいことだったのではないだろうか。
というのは、その横にいたアホな僕ですら、「医学部は血が嫌いだからまぁないけど、じゃあ東大かな」と普通に思ってしまっていたからだ。本当は頭がよかったとか、その潜在能力があったとかそういうこと以前に、何も考えずともそれが当たり前の選択肢として、自分の前に転がっていた。
集団の力というのは、かくも強い。だって怠惰なアホが1日15時間の勉強に耐えられたのだから。
 
5、学歴は、ほとんどの人にとってはないよりあった方が良い。
ホリエモンやちきりんなどの傑物に言わせると、「学歴なんて意味がない」という。確かに日本の大学で教えてることが何か意味があるかと言えば、卒業した今だからこそ言ってしまうがほとんどなかったと思う。申し訳ないけど、教授陣にはもっと「教え方」や「複雑難解なことを面白いと思わせる能力」を磨いてほしい。楽しい先生は数えるほどもいなかった。
がしかし、じゃあ学歴自体意味がないかと言われれば、それも違うと思う。というのは、本当に学歴があろうがなかろうが関係ない前二者のような傑物もいるにはいるが、かなりの少数だからだ。そういう人はガチで大学なんて意味がないと思ってるし、大学の側も彼らにバリューを与えることはできない。
一方の僕を含めた凡人諸氏に対してはどうですかというと、これは多大なる恩恵があると個人的に思っている。単なるプラシーボ効果に過ぎないかもしれないけれど、自分が苦しいときにそれでも一歩踏み出せる、つまり「できる」と思えるのは、もともともっていた自己概念や、近くにいる人たちの愛や承認以外に、第三者的に認められた何か=学歴があるからだという点も見逃せないと思っている。
All or nothingではないので、学歴はないよりあった方が良い。少なくとも、損はしない。学歴が全てじゃないのは誰も知ってる。でも、多くの人の人生の一部は学歴によって規定されるというのもまた事実。少数の例外を以って、全体を否定すべきじゃない。
 
6、選択肢を持てる人生の質は、そうではない人生のそれよりも高い。
一見くだらなく思える受験戦争を経て一定の学歴を手にして、それで全てが決まるかというと、昔ほどはそうではないというのは自明の話。東大に行ったから一生安泰、というような甘い時代ではない。
それでも、やはり人生の岐路において選択肢を持てるかそうではないかというのは、とても重要な気がしている。それを担保するのがこの不毛に思える戦争の結果手に入れる、学歴というものの最大の価値なんじゃないだろうか。
正直、これまでの僕の人生においては、幸いにも選択肢を複数持つことができた。人生であまり「選択肢がこれしかない」という状況には巡り合わなかった。ドラクエ5ではフローラかビアンカかを選ぶことができたし、時代がよかったおかげか、会社に合わなくてもその会社に一生いないと人生が崩壊する、なんてこともなかった。「沈まぬ太陽」を見ると、選択肢を持たない人生がどれほど暗黒に満ちたものになるかがよく分かる。
百貨店に行ったらスーツもコートも靴も全部1種類ずつしかない、なんて状況だと気が滅入るが、これが昔の共産主義国家だった。そして歴史が証明しているように、多くの選択肢のなかから選べる資本主義を人類は選択し、そうではない経済形態を破棄した。(まだ残ってるけど)選択肢が多過ぎて問題になりつつある世の中ではあるが、選択肢がないことに比べたら雲泥の差であると思う。
その選択肢を、受験とそこそこの学歴が僕にくれた。そのおかげで今がある。
 
7、努力はある程度実る。
「願えば叶う」、「思考は現実化する」なんてのは幻想でもあり、現実でもある。唯一確実なのは、「努力はある程度実る」ということではないだろうか。20年前の受験を通じて得たのはこの知見だった。
マラソンが一番わかりやすい例なのだけれど、基本的に世界記録を目指すとかじゃなければ、マラソンに才能は要らない。デブでも4時間は切れるし、普通の人でも努力だけで3時間切りぐらいまでは普通にいける。才能を問われるのはどの世界でもトップ0.01%以上になりたい場合だけであり、トップ1%やトップ0.1%ぐらいまでなら、努力はかなりの程度、報われることになる。
向いてる向いてない、才能やセンスのありなしはトップ0.1%を超えてから議論すれば良い。そりゃウサインボルトにはなれないだろうし、クリスティアーノ・ロナウドになることも無理だろうけど、才能はかなりの程度の場所にいる人にしか、その真偽を問わないからほとんどの人に人生にとっては関係ない。
僕が数学を全くもって苦手としていたのは、ただやっていなかっただけだ。今となっては遅いけど。
 
・・・なんて色々なことを思い出してしまった。あの頃、苦しかったけど、頑張ってたなぁと素直に思う。これから大学受験は本番を迎える。全ての受験生に幸あれ!
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
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