いつも珍獣姉妹を見ていて面白いなと思うのが、ダッシュした1号機を追いかけてプチダッシュした2号機が毎度カマすルーティン。
「まてーーーーー!」と言いながらパタパタと走っていき、そしてほぼ必ずバターンとコケる。足を持ち上げて前に踏み出していくという作業がまだ下手くそなため、ちょっと長い距離を走るとだいたいつま先が地面に引っかかってこのパターンになる。
「だいじょうぶ?」と1号機がかけよっていき、泣くことも我慢することもあるが、数秒後には何事もなかったかのように、また先ほどと同じ光景に戻っていく。
これって家庭ではおなじみの光景だと思うのだけれど、考えてみれば結構すごいことなんじゃないかといつも感心している。なぜかというと、大人がコレできますか?というと、ほぼ不可能だからだ。
***
大人が走って前のめりにズザーと転ぶと、ほぼ間違いなくどこかを怪我する。手を擦りむくだけならだいぶマシで、膝を強打したり、場合によっては顎や顔を打ってしまうこともある。手の着きどころが悪ければ指や手首の骨折もありうるかもしれない。少なくとも、全力で走っていてコケた場合には、五体満足では済まない。
これは当たり前の話で、衝突のダメージは質量に比例し、速度の二乗に比例するからだ。(だったかな?)2号機との比較で言えば、2号機の体重の6倍(15kg:90kg)を誇り、多分3倍ぐらいのスピードで走れる僕は、コケたときのダメージは2号機のそれの54倍にハネ上がる。
正面衝突ではなく地面との摩擦なのでそこまではいかないかもしれないけれど、やはりおおごとになることには変わりはない。
 
これは実生活においてもおおよそ当てはまる話であると思う。
新人が大きなミスをしたとしても上司にお目玉食らうぐらいで会社が傾くことはほとんどないが、経営者が大きなミスをすると会社が潰れる。
若い頃にコケることはある意味で勲章であり、大事な経験となるが、年をとってからコケると場合によっては這い上がれない。そりゃ誰しもリスクを取らなくなるわな、と思う社会構造に、日本はなっている。
大きな山に登れば登るほど名声を得られプライドも満たされるが、滑落リスクは指数関数的に上がっていく。急な勾配になればなるほど足を踏み外すリスクは高くなり、そして滑落した際には命の保証はほぼなくなる。登る山の高さによって、張らなければならない命のサイズが決まってくるのだ。
***
また、ちょっと違う見方をすると、人は実力に見合ったリスクしか背負えない、ということも言える。
例えば、今の僕がどんなに頑張ったとて、100億の借金をすることはできない。せいぜい事業融資で数百万、住宅ローンの数千万が良いところだろう。一方孫正義氏であればどうかというと、彼ならば100億どころか、1000億、あるいは兆単位で借金ができてしまう。
それは過去に経営者として大型買収を繰り返し、事業で利益を上げてきた実績に対する信頼であり、その信頼があるから孫正義氏は兆単位のリスクを取ることができ、そうではない僕は100億の勝負すらすることを許されない。
世の中、意外とうまくできているのである。
 
人は、リスクを恐れる生き物である。特に日本人には顕著で、なんなら1ミリ足りともリスクを負いたくないという人も結構多い。
これはどこからそういう発想になるかというと、リスクを負ったことによって、自分の人生が破綻するのじゃないかと夢想してしまうことに拠る。これはもはや想像とか予測ではなく、リスク計算が正確にできていないから起こる単なる夢想に過ぎないのだけれど、新しいことや今の自分にできないことをやろうとすると、不必要にリスクを大きく見積もることになってしまう。
 
たとえば、「フルマラソンやろうよ」とランニング初心者に言うと、よほどの欲しがり屋さんを除いて、「カラダがおかしくなっちゃう」とか、「膝が壊れちゃう」とか、「仕事に支障が」と言ってきたりする。
90kg近いカラダで20本以上のフルマラソンを走ってきた身からすると、「心配すんな」と言いたい。フルマラソンを走った程度でカラダが壊れることはまずない。膝は痛くなるかもしれないけれど、それとてトレーニングをしている間に膝が強くなり、ほとんど痛みを感じることはなくなる。ランニングが習慣になれば、仕事に良い影響はありこそすれ、悪い影響などない。
つまり、フルマラソン程度ではカラダがおかしくなることも、膝が壊れることも、仕事に支障をきたすこともない。
 
これが実業団レベルで、月に1000kmも走る人たちだと話が変わってくる。確かに彼らぐらい走っていると、カラダをおかしくすることも、膝を壊すことも十分にあり得る。疲労の溜まり方は、我々素人ランナーの比ではない。
また、ラン自体が仕事に密接に結びついており、例えばマラソンの成績がもとで仕事を得ている場合、前提が崩れると仕事も崩れる。そうすると生活も崩れる。
背負ったリスク如何による人生に対する影響は甚大である。でもこれは、ランニングに関わる上位0.01%以上の人たちに起こり得る話であって、我々一般人には関係がない。
***
言いたいのは要するに、誰しもが
自分の実力に見合ったリスクしか負えないから、必要以上に心配すんな
ということである。
 
知らないこと、できないこと、新しいことに対しては自分が背負うリスクに対して、代償を大きく見積もってしまいがちである。が、それはその競技なり物事が上達していけば、ほとんど杞憂だったことに気づく。
子供が転んだとて大して怪我をしないのと同様に、筋トレ初心者がジム選びをどれだけ悩んで仮に失敗したとて、大したことはない。それよりも、トレーニング自体を習慣化することの方が、よほど大事である。
様々な心配のほとんどは、自分が走っている速度とそれによる怪我の程度が相当する段階になって、考えれば良いのではないかと思う。
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!
我が生涯に一片の悔いなし!!!
メルマガ希望:kusog.akaba(アットマーク)gmail.comまで。組織の人財育成について書いてます。
いずれも申請の際は、世紀末覇者として最低限の自己紹介と愛のある一言をお願いします。
欲しいものリストはこちらです。万が一くれる人いたら泣いて喜びます。http://amzn.asia/7ZSHn0D

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事