友人が、新しく囲碁を始めることになった。


(左:師匠、右:友人)

6月までに初段を目指すとのこと。「囲碁で初段」は、通常なら数年かかると言われているのだが、それを数分の一に短縮して「囲碁ザップ」的に目標達成を志す。

もともと僕が半年で初段を取り、一年半で三段を取ったのがこちらのプログラムで、以来、経営者を中心に勧めまくっている。僕自身が人体実験のモルモットとなり、プログラムの創成期から関わっているので、今はだいぶ改善が進み、たった3ヶ月で初段になることも全然可能になってしまっている。

時間を唯一無二の資産と考える人は、チャレンジしてみるとよろし。だらだらジムに行っても痩せないのと同じで、だらだら碁会所に行くだけではなかなか強くなりません。お金はかかるけど、時間の方がはるかに大事。あと人生で「段」を持ってるというのはドヤれる。


 
関連エントリはこちら。

グロービスの堀社長もユーグレナの出雲社長もなんとあの短気で有名な織田信長も囲碁推しだし、囲碁ってよくわかんないけどやってみようかなと考える経営者向けエントリ。

 

半年で初段を取ったときのエントリ。友人の「ザック」は、プログラム開発のモルモットとなった僕の犠牲のおかげで、ど初心者から本当に3ヶ月で初段になりやがった。

 

あの勝間和代さんとも囲碁をやったことがある。

 

***

苦悶する超人「アンディ」

今回、囲碁の初段プログラムに挑戦することになったのは、友人「アンディ」。弁護士にして初フルマラソンでサブ4を達成した超人だ。

口癖は弁護士らしく、「そういう約束はしていません」。リスクヘッジを怠らない姿勢には頭が下がる。サブ4を達成したときも、最後まで自分の目標は断言しなかった。法廷でも、不確かなことを断言することほど危ないことはないのだという。プロフェッショナルとはこういう人間のことを言うのだろうか。
 
その超人「アンディ」、囲碁の説明が始まった途端、頭から煙を出し始めた。囲碁のルールは将棋よりもはるかにシンプルで、

1、石は19×19マスのうち、どこに置いても良い。
2、勝ち負けは黒白それぞれの石で囲った陣地の大きさで判断する。
3、ただし、相手の石に四方を囲まれた石は取られる。

の3つしかない。

細かいルールは他にもあるけれど、将棋のように石ごとに出来る動きが違ったりとか、成金みたいな石の昇格ルールあるわけではない。しかしルールがシンプルな分、たったいくつかのルールで展開される囲碁には無数の展開があり、それが囲碁の理解をややこしくさせている。より詳しいルールに関しては友人のプロ棋士、大橋拓文六段の解説がわかりやすいのでこちら参照。

3分で分かる囲碁入門

ちなみに勝手に友人扱いしているが、3回ぐらいしか会ったことがないので、先方はとうに忘れているかもしれない。
 

このシンプル極まりない囲碁は、しかし最初にルールを覚えてやる気になるまでがおそらく一番難しい。正確に言えば、ルール自体は上記の通りなのだけれど、これが何をどうしたらゲームに結びつくのか、いまいち想像することが難しい。サッカーや野球のようにほぼほぼ見れば分かるゲームと異なり、たとえばカバディのように、「あの掛け声はなんなの?」と思ってしまいがちだ。

囲碁の盤面は19マス×19マスの361通りあり、最初の5手だけで361×360×359×358×357≒5.9兆通りほどもパターンがある。そのうちの有効ないわゆる「定石」はせいぜい数十パターンしかないのだけれど、それにしても初心者からすると途方も無い数に思える。一体何をしたら良いのだろうか、とほぼ全初心者が思う。ボールを蹴れば良いのね、バットにボールを当てれば良いのね、といった想像すらつかない。
 
苛烈な司法試験勉強をくぐり抜け、初マラソンでサブ4を叩き出したアンディにしても例外ではなかったらしい。僕や師匠がゼロ秒思考で判断できるキホンのキに対しても、うんうん唸っている。自分が通った道でもあるし、紹介した何人もの友人が同様にくぐってきた局面ではあるものの、超人アンディをして同じだったかと、少し安心する。

ちなみに勝間和代さんは、最初の30分ほどのルール説明を受けただけで、囲碁歴数年の人がたどり着くぐらいの論考をしていたので、ちょっと気持ち悪かった。もはや人ではない。ホモ・サピエンスの次だ。
 

ようやくキホンのキを理解し、師匠から「さぁ、じゃあ囲碁やってみましょう。」と言われたときのアンディは、「え?説明これだけ・・・?」という顔をしていた。そう、囲碁のルールはそれだけ。あとはやりながら覚えるしかない。司法試験よりははるかに簡単なはずの囲碁のルールに四苦八苦しているアンディを、大変失礼ながら僕は微笑ましく見ていた。

将棋ならコマの動きを説明されて、勝敗は王を取った方の勝ちというルールさえ理解していれば、なんとか打つことができる。しかし囲碁の場合は、選択肢が正規盤に比べてはるかに制限されている6×6マスの6路盤でも、ゲームを進めることは簡単ではない。自分が何をやっているのか、どうすれば勝てるのか、いや何を競っているのかすら、理解することが難しい。
 

何ゲームか繰り返したあと、アンディが見たこともないような疲れた顔で、「休憩しませんか?」と言う。「ああ、トイレですか?あちらです。」と僕が案内すると、「いや、トイレはいいです。ただ休みたいです。」と弱音を吐く。司法試験の苛烈な勉強に数年間も耐えて合格を勝ち取った漢とは思えない、灰色臭が漂っていた。


(あしたのジョーより)

ちなみにこの時点で約束の2時間のうち、たった1時間しか経っていない。アンディ、灰になるの早すぎ!超人ならセブンセンシズを開放してキン肉バスターカマしてスタンドで攻撃しないと!
 

結局、ルールの習得をしたものの、初心者の洗礼を浴びて戦意喪失したアンディ。「ルールは分かったんですけど、それがなんの意味があるのかがさっぱり分からないんですよねー。」とのこと。

しかし「6月に初段になります」とちゃんとコミットしたところがエライ。所属していた武蔵野地区のJCでは、誘いを断ることは死を意味するのだという。

***

初心者にはロードマップは描けないし理解もできない

今回、僕と師匠はMr.マリックの「きてますきてます!」ばりに、アンディに対して「できますできます!」と繰り返し声をかけなければならなかった。それぐらい、アンディは囲碁のルールの理解に苦労していた。司法試験や法廷論争の方がはるかに難易度が高いと思うのだけれど、それとは頭の使い方が全く異なるのだという。

僕からしてみると、普段企業研修や個別コンサルティングでクライアントに伝えている「初心者の心得」が、アンディのような超人にすらも例外なく当てはまるのだと得心した出来事だった。本人の能力如何に関わらず、初心者とは、かくも難しい。
 

世の中には、ちょっと聞いただけで直感的にゲームのルールが分かるものと、直感的にはゲームの分からないものがある。(この場合の「ゲーム」とは、文字通りのゲームだけではなく、仕事、恋愛含めた人生全般で「攻略」が必要なものの総称)サッカーや野球は前者だから面白そうと思えばチャレンジすれば良い。上手い下手はあれど、どうすれば勝てるかは至極わかりやすい。

一方、後者は囲碁と同様にルールをすぐに理解することは難しく、いわゆる「醍醐味」を知るのにも一定の時間と労力がかかる。サッカーであれば、下手くそながらも足でボールを蹴った瞬間に快感が訪れる。それとはエライ違いである。たぶん仕事もこちらの部類に入る。新人の時にわけの分からない会議への出席や資料の作成を依頼されて、おもしれーと思える人はあまりいない。

ただし、直感的にルールがわかりやすいか否かは、究極的にはそのゲームの面白さの優劣にはあまり関係がない。ある程度上達すればどちらも至極の面白さを発揮し、どちらがどうということはない。そこから先は嗜好の問題である。
 

ポイントは、世の中には囲碁と同様に直感的にルールの理解できないゲームがめちゃくちゃ多いということである。

先に出た仕事もそうだし、子育て初期もこれが当てはまると思う。子どもが生まれた直後は無償で24時間対応を求められ、ブラック企業をはるかに凌ぐ労働環境で数ヶ月働くことになる。何をどうすれば子どもが喜んでくれるのか、あるいは寝てくれるのかが全く分からず、ここで疲弊するお母さんも多い。(もちろん、子どもが笑顔を見せはじめた頃から至極の喜びに包まれるのだけれど)

他にも、今年日本でW杯が行われるラグビーも直感的にはルールが分かりにくい。水泳も理屈は分かったとて、最初は溺れる以外に選択肢がない。マラソンも、なんでこんな辛い思いしてやらなきゃいけないの?やってる人バカなんじゃないの?と思ったりする。というか僕は思ってた。
 

直感的にルールが理解しにくいゲームにおいては、初心者は今回のアンディのように、つらい思いをすることになる。

いくら説明されても、ルールは日本語としては理解できても、それはそれとしてどうゲームにつながるのかが分からない。「風が吹けば桶屋が儲かる」以上に、現在地と目的地の乖離があるように思える。てかどうやって第一歩目を踏み出せば良いかも、分からなくなる。

そういうゲームに遭遇したときは、というかそういうゲームに遭遇する確率は、何も囲碁をやらずとも人生を普通に生きてれば結構多いわけだが、そんな時こそこういうふうに考えるようにしよう。

「だが、それがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

(花の慶次より)

あなたの頭が悪いわけでもなく、ゲームが複雑すぎるのでもなく、初心者だからこそロードマップも描けないし、理屈も分かるようで分からない。しかしそれが普通なのである。全然普通のことなのである。

そして、ちょっと、そうだな、一歩じゃ足りないけど百歩ほど前に進めば、自然とあれほど苦しんでいたロードマップや理屈の理解も、すんなりできるようになっている。我々は、子どもの頃にワケの分からない九九をマスターしてきたではないか。何も分からずエービーシーとか呪文のように言いながら、今では基本的な英語なら理解できるではないか。

それと同じである。ある程度前に進みさえすれば、初心者の苦しみは必ず消える。ある程度の年月を経て生き残っているゲームは、みんなそういう性質を持っている。壁に感じるそれは、壁ですらないことにすぐに気づく。

 

初心者はツライ。直感的にルールが理解し難いゲームではなおさらだ。

だけど、それは本当に本当に本当に、一過性のものである。そんなわけでアンディは、ワケも分からないまま初段を目指すのと同時に、5月の100kmマラソンに出場させられることになっている。これについてはまた書く。

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