可愛くて、元気はつらつで、(外でのみ)礼儀正しくて、申し分のない授かりものである1号機(9歳)が、最近家で頻繁に火を吐いている。

母ゴジラとまともにやりあえるロジックと知能を身につけたからこその事象だとも言えるが、気づけば母ゴジラ対ミニラの戦いを起こしていて、家が荒れている。「なにしてるの?」と聞けば「人間生活ぅ〜」とか舐めた回答をしてくる小学校3年生。そりゃ戦争にもなるわさ。生意気すぎる。

 

今少し頭を悩ませているのが、国語が苦手なこと。国語にしろ算数にしろ社会にしろ科目はそれぞれなのだけれど、問題文自体を履き違えて理解していることが非常に多い。「うさぎさんが3匹、おうまさんが1頭いました。」と問題文に書いてあっても、勝手に頭の中で犬が追加されてたりする。当然、正解には至らない。

真面目と言えば真面目なため一生懸命解いている様子は伺えるし、山のような式も書いてあるから部分点ぐらいはあげたいと思うのだけれど、そもそもうさぎと馬しか出てこない問題に不思議と犬が追加されてたりするため、膨大な努力の割に報われない。笑い話のようなネタではあるが、こういうことが僕が見ているだけでも決して少なくない。

高校3年生の2学期の現代文のテストで偏差値8を叩き出したわたくしめが言うのもアレではありますが、このようにお前の読解力はどうなっとんじゃいと思わされることがたくさんある。これから受験勉強が本格化するとゆうのに、はぁ、どうなることやら。

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国語ができない日本人

RST(Reading Skill Test)という、文章の基礎的読解力を試すテストがある。これはもともとAIの読解力を高めるためのツールとして開発されたもので、KYな回答をすることが多いAIの鬼門として知られている。たとえばこんな問題。

(問題)

A:「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。」

B:「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。」

以上2つの文章の意味は同じであるか。

この2つの文章は当然異なる意味なのであるが、驚くことにAIとともに調査対象となった25000人のうち、中学生の約半数が「同じである」と答えたのだという。AIの教育の前に、人間様の方の読解力がヤバイと証明される結果となった。

問題文を把握できていないとしたならば、それに続く問題そのものの解決ができるわけもない。これは国語に限った話ではなく、例えば今後大人になったときに仕事上での契約書の点検や、住宅ローンを組むときの書類の確認など、それなり異常の語彙と読解力を要求される課題にぶち当たったときに、致命的な解釈間違いを犯す可能性が危惧される。

ウチの1号機もまぁ似たようなもので、算数や社会ができないのではなく、単純に国語ができていない。問題を正しく解けていないのではなく、問題文を読めていない=問題を正しく認識できていないのである。どうも国語は大して面白くない授業のわりに、結構重要なことを教えてくれていた科目のようだ。

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「問題が問題なのではない。問題の捉え方が問題なのである。」という格言

昔、頻繁に通っていた研修で、「問題が問題なのではない。問題の捉え方が問題なのである。」という格言を教えてもらった。なるほど確かにその通りで、たとえばデカイ案件を会社から振られたときに、「ちょっと待ってよ俺には無理だよ!」と思うのか、「よっしゃ、難しいけどめっちゃチャンスやん!」と思うかで、その後の人生は確かに変わってくる。

力のある上司から本を勧められた時も、「パッと見て難しそうな本だからめんどくさいな。」と思うのか、「難しいけどあの人の思考の一部を学べるなら。」と思うのかでだいぶ違うし、うっかり100kmマラソンに誘われたときも「バカじゃないの!?やらないよ!」と突っぱねるのと、「バカじゃないの!?でも面白そうだね。」と応えるのでは、人生の可能性は大きく異なってくる。

なお、僕が知っている中で一番変態的だったのは、ある人が営業に回っているときに顧客から怒られてお茶をかけられて、「ああ、お茶で良かった。オレンジジュースじゃなくて良かったなぁ。」と心の底から思ったという話。ここまで問題の捉え方を変えられる能力があれば、そりゃ人生天国になるのだろうけれども、一般人にはまず無理だと思われる。ここまでのレベルである必要は全然ない。

以来僕は、「問題が問題なのではない。問題の捉え方が問題なのである。」を思考様式の一つにして、線路の枕木のごとく押し寄せるトラブルの数々を処理していった。泣けるほど嬉しいことも笑えるほど悲しいこともあったが、問題の捉え方を変えることによって少なからぬ程度に楽になったのは、どうやら事実のようだ。
 
ところがこの格言には、ある重要な前提が含まれていることに気づいた。1号機が家で火を吐いている件や、先のRSTの読解力欠如の話、それから昨今のアルバイトが店舗を炎上させるバカッター問題に至るまで、その前提を欠いたがために起きている問題なのだということがわかった。

その前提とは、「正しく問題が認識できていること」である。

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問題認識能力に直結する国語力

一般に、目標に到達できないのは、

a.方向性は正しいが、投下している努力の量が足りないから

b.投下している努力の量は十分だが、その方向性が間違っているから

の2つの理由が考えられる。ここで言う「努力」とは、戦略を立て、リソースを配分し、適切に運用し・・・などを総合的に含む言葉だと考えてもらいたい。高校の球児たちのほとんどが甲子園に出られないのは、aが原因であることが多い。皆が皆、PL学園や大阪桐蔭といった名門校のスターたちと同じ量の努力ができるわけではない。

また、ラウンドしてばかりでゴルフが一向に上達しないおじさんたちの大半は、きちんとしたフォームをお金をかけて習っていない。つまりbが原因となっている。毎週毎週頑張ってゴルフ場に通っていても、いくら必死とはいえ正しいフォームを身につけないままでは、上達するはずがない。ライザップゴルフに行って徹底的に鍛え上げれば、2ヶ月でそれなり以上の成果は見込めるのに、あまりそれをしない。
 
「正しく日本語が読めること」は「正しく問題を認識すること」とイコールであり、すなわち上記で言えばbの防止に直結する。そして問題解決の一丁目一番地は、「正しく問題を認識すること」であって、「問題を正しく解くこと」ではない。勝手に問題文に出てこない動物を追加して考えていたり、野球がうまくなりたいのにサッカーの本を読んでいては、どれだけ努力しても報われることはない。

よく敏腕上司に怒られてるポンコツ社員は、大概この「正しく問題を認識すること」ができていない。問題の認識がズレたままにあれやこれやのピントのズレた解決策を持っていくため、「そこじゃねぇ!」と怒鳴られてたりする。そういう人、近くにいないだろうか。

まずは「正しく問題を認識すること」である。これがまず第一歩。
そしてこの能力は、前述したように「正しく日本語が読めること」を必須としている。日本語がまともに読めないと、問題の認識も何もない。つまり大事なのはまず国語力である。

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そこかしこに見る、国語力の欠如

昨今よく目にする炎上案件も、半分ぐらいは読む側の国語力の欠如によって発生している。僕がよくチェックしているブログやツイッターアカウントのうちよく燃えているものを見ると、燃える理由がいまいちわからないものが多い。確かに局所だけを見れば不適切なことを言っていることもあるのだが、それは全体の文脈で見ればそこに布石として配置しておかないと全体の論考が成り立たないものであり、通しで読めば意味が十分に分かるように書かれていたりする。

しかし、最初の1行か2行だけしか読んでおらずに批判しているいわゆる「クソリプ」がSNS界隈ではあとを絶たない。本来なら十分に読み込んだ上で意見の相違点について議論すべき題材なのにも関わらず、メディアのように脊髄反射的に一部だけを切り取って批判するものだから、まともな意見がそういったリプに流されてしまう。気づけば、意図せぬ炎上に巻き込まれている。

たとえばある有名人が「子供を持つことは幸せに直結する」という意見を出したとする。普通に考えればそれ以上でもそれ以下でもない意見なのだけれど、中には「じゃあ子供がいない私は不幸なのね!なんてひどいことを言う人なの!」と騒ぐ人がいる。いや、そんなことゆうとらんしと弁解してもあとの祭りで、本人の全く意図しない燃え方をしてしまう。

これは完全に国語力の欠如がもたらす災害である。
 

また、国語力がないと、小さな問題が勝手に大きくなることも多い。敏腕上司が仕事上の問題点について指摘したら、ポンコツ社員が人格否定されたと感じて敵視するようになり、そのことを同僚にぶちまけて組織が崩壊、なんてことはよくある。

論理的思考能力を鍛えてもう少しきちっとしたホウレンソウをしてくれと指導しただけなのに、論理的思考能力が弱いと指摘するということはあなた(上司)に比して不十分な自分の学歴に対する否定であり、自分をここまで育ててくれた親への侮辱であり、許しがたい行為である!みたいに拡大解釈して物事を勝手に大きくする人はどの世界にもいる。

これも国語力の欠如から来る。国語の試験でよくあった、「この時の著者の気持ちを答えよ」みたいなのを類推する能力がないと、被害妄想から勝手に事件を大きくしてしまう。
 

細かく書いてはないが、当然と趣旨は受け取ってほしいと発信側が願っていることを、平気でブッチする人がいる。これも国語力の致命的な欠如から来る問題である。

たとえば最近のバカッター問題。事件の主はモンスターアルバイトであったりモンスター顧客側であったりと様々ではあるが、普通に考えてそれはないでしょということを平気でやる。アルバイトで言えば、雇用契約書を結ぶ際に「ウチに不利益になるようなことはやらんといてね」ぐらいのことは盛り込んであるが、じゃあそこに「唐揚げで遊ばないでね」とか、「おでんを口に入れて騒がないでね」とか、「tik tok用の動画をバイト中に撮らないでね」とは書いてない。

わざわざ書くほどのことでもないからだ、と思っていたら、まさかの見込違い。「不利益になること」の理解が全くできない輩がたくさんいたことになる。あれだけ毎日放送されているということは、裏側には数十倍の実行犯が控えていると見るべきだ。「不利益になるようなことしたらわかってるね?」程度の脅しは書いてあるはずなのだけれど、その程度と範囲を想像できない程度の国語力しかない人間が、お茶の間を賑わせている。
 
かように、国語力の欠如は至る所で問題を引き起こしている。日本人なのに日本語ができない、というのでは、英語やAIどころではない。日本人、軽くピンチである。
昔は結構ナメていた国語ではあるが、今更ながらに一番大事な教科だったんじゃないかと、自らの不勉強な日々を少し反省している今日この頃。ドストエフスキーでも読もうかしら。

このあたりご参照。



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