先日、アマゾンのコールセンターに電話した際に、大迫選手以上に中国人のハンパなさに遭遇したので記しておきたい。
なお、現在の日本では「アメリカ人が」とか「フランス人が」という出だしで話をしても「ふむふむ」と聞けるが、「中国人が」、「韓国人が」の出だしで話すとどこからかヘイトの匂いがするんじゃないかと身構えないといけないような状態になっているのが悲しいところ。
隣国とは常に争うのが国家の宿命とはいえ、もうちょい仲良くできんものかねと思うのですが。

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アマゾンに電話してみたら、中国人がハンパなかった

kindleである漫画全集を買おうとしたら、ダウンロードが始まらないので3回ぐらいポチり、都合3セット買うことになってしまった。それでも始まらないのでアマゾンのコールセンターをなんとか探し出して電話をしてみた、というのが事の発端。

ネットの会社あるあるで番号選択でたらい回しにされるかと思いきや、意外とすんなりつながり、きちんと対応してくれた。3セット買ったうちの2セットをキャンセルし、返金処理をしてくれた。ついでに前日オーダーした「アナと雪の女王」の吹き替え分も、キャンセルして返金。

1号機、2号機の英語教育用に字幕版を買おうとしたら、間違って吹き替え版を買ってしまったので助かった。合計で12500円分ほどの返金。

 

僕が話している相手が中国人であることに気づいたのは、話し始めて2分ほど経ってからだった。

それまで若干早口で聞き取りにくいなとは思っていたが、マイクで仕事しながら話していたこともあり、違和感を感じるほどではなかった。とあるタイミングで「少々お待ちくだしゃいませ」とちょっとズレが出たので、2分を経過してようやく気づいたのである。

確かに注意深く聞いてみると、若干イントネーションが中国人が日本語を話す時のそれになってはいたが、ある程度複雑な手続きをお願いしても全然普通に対応してくれた。また、敬語が変とか「◯◯アルよ〜」とかいうこともなかった。ビジネスレベルで十二分に通用する日本語だった。

 

こりゃ相当やるねあんた、と思って、要件が全て処理された後に「ちょっといいですか?」と聞いてみた。コールセンターの場所はアマゾンの規約?のため教えてくれなかったが、どうやら中国国内か遠からずな場所にそれはあるようだった。少なくとも日本国内ではない。いわゆるローコストな場所に集約しているのだろうか。

「日本に留学していたんですか?」と聞くと、なんと「旅行で行ったことはありますが、基本的には大学で日本語を専攻していただけです。長期滞在はしたことがありません。」との答えが。なんてこったい。まずもってこの日本語の回答自体が完璧じゃないか。「ヤバイっす、ヤバイっす」しか言えない日本のヤンキーより、はるかに日本語がうまい。

「北京大学とか清華大学とか超ヤバイとこですか?」、「いやいやそんなのじゃなくて普通の大学ですよ。」
「いやちょっと待ってください。じゃあなんでそんなに日本語がうまいんですか?」と聞くと、「お客様、ありがとうございます。でもそれは褒め過ぎでございます。私なんて全然大したことございません。」とのこと。ヤバイ、ハンパない。他に語彙が出てこないけどマジでハンパない。

対応してくれたことと小話に付き合ってくれたことにお礼を言い、ぜひまた日本に遊びにきて、日本の良さを味わってくれみたいなことを言って電話を切った。しばし、対応してくれた中国人のハンパなさに打ちひしがれていた。

 

ざっくり計算して、彼は4年間(?)の在学期間中に日本語をここまでのレベルに引き上げたことになる。中学から英語を習い始め、高校でも大学でも学び、外資系企業に勤めた自分が、果たして英語で対応するコールセンターに勤務することができるろうか。

しかも今回の僕のように、諸々のトラブルを抱えた顧客を相手にするのがコールセンターなので、なんなら言葉遣いがおかしいというだけ叱責されたり、非合理的な要求をしてくる客も少なくないに違いない。自分にできるだろうか。。。1秒で分かる話だが、まずできない。絶対に無理。それをあの中国人青年は習い始めて数年の日本語でやっていた。あの感じだと、コールセンターにはそういう中国人がわんさかいるに違いない。

スーパーエリートなのではなく、あくまで僕はバイト、といった感じだった。なんなんだ中国人のこの平均点の高さ、人材の厚さは・・・。

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日本人は英語ができない

翻って、日本人。一部の人を除き、やはり英語ができるとは言い難い状況が続いている。かの中国人青年は漢字という共通項があったから日本語を早くマスターできた、というのはあるかもしれないけれど、にしても日本人の英語習得スピードは異様に遅い。

中学から大学まで10年間。それだけの期間、ある程度の時間を割いて勉強してきたはずなのに、まともに英語が話せる人間は東京でも10人に1人もいない。ビジネスレベルとなると、ほんのわずかだろう。学生時代のTOEICが900ぐらいあった僕にしても、ほぼ使い物にならないジャンクな英語しか話せなかった。(というか今も)日常会話は適当にこなすことができるが、「君、明日からコールセンター勤務ね」と言われたら完全にアウトなレベル。

学ぶ側がこんななのは、教える側が残念だからというのもある。確かに、文科省のカリキュラムは、どう考えても英語を話せるようにならないように設計されている。日本人の英語教師は英語をまともに話せないし、たまにやってくる外人はただ顔が良いだけのテキトーな兄ちゃんだったりする。

残念なことに日本における英語(に限らず外国語)習得事業は、もっともコスパの悪いカテゴリの1つになってしまっている。10年やっても身にならないものなんて、他には見つけることすら難しい。サッカーを10年やっててまともにインサイドキックができない。野球を10年やっててまともにボールが投げられない。そういうことはほぼないにも関わらず、英語に関しては10年やっても全然できるようにならない。

未だにWGP(War Guilty Program)でも走ってんじゃないかと疑いたくなるぐらい、文科省のカリキュラムはイマイチだ。

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仕事の鬼がほとんどの仕事をギリギリになってやってた話

話変わって、前職の話。とある鬼のように働きまくる先輩がいて、心の底から尊敬していたのだけれど、その人に聞いた話が印象深かった。

その先輩は朝7時から夜中3時まで働いても全然平気な人で、リアルに人の3倍は働いていた。いやそれ以上だったかも。入社当時はそういうブラックな働き方が超絶かっこよく見え、どうにかこうにか追いつきたいと思ったものだった。追い込み時期は、1日30分しか寝ていないという伝説もあった。それぐらいの超人だった。

その人に、「どうやってそんな大量の仕事を処理してるんですか?」と聞いたら、帰ってきたのは意外な答えだった。「全部ギリギリにやることだよ。3時間で終わる資料作りの仕事なら、そのアポがある3時間前になってヤバイヤバイと思いながらやる。10日後のアポなら、その仕事を今は敢えてやらない。今から準備するなんて絶対にしない。」との答えが返ってきた。

あれれ、なんだか習ってたのと違うぞ?前倒ししてとか、お仕事は計画的にとか、そういうのを教科書で習ったはずなのに、この先輩は逆のことを言ってるぞ?

「余裕があると思うとどうしても無駄な時間かけちゃうからさ。ギリギリにやると最初からフルスロットルでできるんだよ。」とその先輩は笑いながら言っていた。以来、見通しが甘いことや無計画なことを「ギリギリにやる方が気合いが入る」と自分の都合の良いように言い換えて、数々の失敗を僕がしてきたことは言うまでもない。

先輩は仕事ができる人なのでそういうギリギリ作戦を採っていたのであり、僕は仕事ができないくせにそれをやったから色々崩壊した、という違いについては、ようやく最近受け入れられるようになった。
・・・てな話を先のアマゾンの中国人アルバイトの青年と話していて、思い出したのである。

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日本人が英語をマスターするには

話戻って、日本人の英語が下手問題。日本人は、なぜ英語ができないのか。その理由としては、「普通に生きていれば英語を話す必要が全くない」、というのが一番大きい。人間、必要のないものはやらない。緊急性がないものはやらない。どれだけ勉強しても、そのへんに外人が闊歩していなかったら使うアテもない。

当時の日本は鎖国していないまでもそういう環境であり、今もそう変わらない。だから大半の日本人は英語ができないまま、普通に生活ができてしまっている。巨大な内需を抱えた国においては、英語よりも日本語が上手に扱えることが求められた。ただそれだけのことだ。

英語ができなければ仕事で困る、英語ができなければクビになる、英語ができなければ会社が潰れる。そういう状況であれば、人は努力する。事実、いくらベルリッツに趣味で通っていても一向に英語が上達しなかった人が、3ヶ月後の海外駐在が決まった瞬間に、猛烈に実力を伸ばしていったりする。人間、だいたいそんなものだ。

ペリー来航からあっという間に世界の先進国の仲間入りをしたように、敗戦からあっという間に世界のトップに上り詰めたように、危機に瀕したときの日本人は本当に強い。その辺を日本人と同数以上の外人が闊歩するようになり、英語を話せないと生きていけないよね、という時代がくれば、全然大丈夫だと僕は思っている。日本人は世界一勤勉なので、あっという間にみんなペラペラになれる。

あの超絶仕事ができる先輩ですら、締め切りギリギリにならないと本気になれなかったのだ。自分を含めた一般人もそうだと思って差し支えないだろう。英語は時代の趨勢として未だに「できたらいいよね」程度の存在であり、「できないと死ぬぅ!」とはなっていない。ただそれだけのこと。中国人が優秀で、数カ国語を操るベルギー人オランダ人が天才で、日本人が言語のセンスがない、というのではない。

Mustを感じる環境があるかないか、それだけだ。少なくとも、そう信じたい。

もちろん、国家運営としてそれで良し、環境が変わればなんとかなるさ、ではとっても困るので、意図的に危機意識を作り出す、能動的に緊急性を呼び起こすための施策は打ってもらいたいとは思う。ま、皆さん大人なので、危機意識を持って物事に緊急性を持たせるぐらいのマネジメントは自分ですべきとは思いますがね。

その工夫を自分でできるか、外圧にのみ頼るのかが、大人と子供を分けるのだと僕は考えている。まぁでも、あの中国人青年はまじでハンパなかった。
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