煽ってこそ部数が伸びるのが宿命の週刊誌とは言え、「文春砲」のような特定タグを持たない週刊新潮が、その焦りからか時代遅れ感満載のやばい記事を放ってきた。

「『キャッシュレス』のバスには乗らない!」

100億円キャンペーンで話題になったPayPayをはじめ、これだけキャッシュレスの波が来ているのに、それに真っ向から立ち向かう記事を書いてしまっている。テクノロジーに疎い僕ですら、スイカ、パスモ、普通のクレジットカードに加えて、ついにPayPayを使い始めたというのに、一体何を言ってるんだろうと思った。

確かに、僕はほぼ毎日バスに乗る機会があって、急いでる時などは乗車口でまごついている人などを見ると、多少なりともイライラすることはある。

スイカで乗れば良いのに、わざわざ現金を出してあーでもないこーでもないとやっている。しかも、現金しかないなら先に準備しておけば良いのに、改札機の前にたどり着いて初めて財布を出している。小銭を数えて、やっぱり足りない、とかだとそこからさらにお札を出して機械に通し、おつりを取る時間までがかかる。

時間にすればたったの10秒20秒のことかもしれないけれど、よく言われる通り1人が会議に1分遅れると全員の時間を無駄にすることになるというのと同じように、バスの乗客全員の時間が無駄になる。そしてやはり、そういうまごつきを犯すのは、ジジババや現金主義の人に偏っている気がする。

僕と同じ意見の人は、少なくなかったようである。まごつく人が多いのなら、現金を受け付けないキャッシュレスのバスを用意すればいいじゃない、という意見が出たであろうことも、意味としては分かる。最近では水素で動くバス、なんていうおしゃれなものも巡行していて、キャッシュレスのバス自体を作ることは難しいことでもなんでもなく、むしろ管理の手間がなくなる分、バス会社としても喜ぶべきことなのだろう。

 

しかしよく考えれば分かる通り、これは少しテクノロジーに疎い世代や性格の人を、軒並み差別する行為である。時代の変革というのは、一朝一夕にいくものではない。車が馬車に置き換わるのに数十年が必要だったし、携帯ですら普及するのに10年単位で時間がかかっている。それを、現金主義者が不合理だからといって一律切る行為は、公共交通機関の姿勢としていかがなものなのだろうか。

そういう意見を週刊新潮編集部が吸い上げ、記事にしたのが今回の号だと思われる。僕も急激すぎる変革、あからさますぎる差別には反対であり、今回の記事のような主張が出て来た背景に対しては、理解がないわけではない。それでも、時代に逆行することを推奨するのはいかがなものかと、正直に言えば感じてしまったのである。たぶん数十年前には、「クレジットカードは使わない!」という記事でも書いていたんじゃないだろうか。

テクノロジーの進歩は不可逆であり、どれだけイヤイヤ言っていたとしても、いずれはその波に順応して生きていくしかない。ある程度の影響力がある媒体なのだから、そのあたり考えて、記事を書いてほしいものである。少なくとも、「キャッシュレスのバスには乗らない!」なんて言ってないで、どうやったら高齢者や現金主義者がキャッシュレスバスに適応していけるかを、考える記事を書いてもらいたい。

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・・・というエントリを僕が書いたら、皆さんきっと、「こいつ、頭だいじょうぶか?」と思ってくださると思う。

お気づきの通り、「キャッシュレスのバス」とは、キャッシュレス化が加速する社会の趨勢に関する比喩であり、「現金取り扱いをやめてオールキャッシュレス車両に踏み込んだ都営/民間バス」の話ではない。よく経営における人材戦略を考えるときに、「誰をバスに乗せるか?」と表現する際の「バス」と同じ意味合いでございます。

なんでこんなしょうもないエントリを書いたかというと、どうも日本語をちゃんと読めない人が世の中には多いらしいということを感じる機会が増えているからだ。ちなみに今回のエントリの序盤の「ボケ」は、ツイッターでのとある人の主張を模したもの。「キャッシュレスのバスに乗らないなんてありえない!時代遅れも甚だしい!」と真顔(かどうかは知らんがな)でツッコミを入れており、外野から見るととっても滑稽だった。

決してボキャ貧の教育水準が低い人間なのではなく、ある程度の言語化能力を持っていると思しき文章。しかし、そもそも「キャッシュレスのバス」という表現自体が比喩であることに気づいておらず、週刊新潮の主張を真っ向から否定する様は、鈴木雅之氏をして、「違う、そうじゃない」と言わせたい気持ち満載にさせられた。

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情報が入って来た瞬間に全否定の対象として判断してしまっても、全く問題ないものもある。

たとえば「桜田問題外の変」で有名になってしまった、桜田元五輪相の発言。サイバーセキュリティ担当なのにパソコンを触ったことがほぼないとか、被災地の復興よりも応援している議員の方が大事だとか、もはや脳みそが溶けているとしか思えない。こういう分かりやすい事例は批判しても全く問題ないと思っている。読んで字のごとく、「それはダメだよ」としか言えない失言を繰り返す人間も、確かにいるにはいる。

一方、一時期炎上した国会議員の杉田水脈氏の発言に関してはどうか?「LGBTには生産性がない」と、ここだけ見ればトンデモな話を展開したように見える。しかしよくよく前後の文脈を読んでみると、そうおかしなことは言っていないことに気づく。彼女が言っていたのは、「人口増加、子供を増やすという観点からすれば、LGBT界隈に投資することは、子育て世代の支援に比べると生産性がない」という意味であることが分かる。

確かに、言葉のチョイスは間違っていた。それでも、言っていることは間違っていないと僕は思う。LGBTはSMのような性的嗜好ではなく、生まれつきの性質だということを差し引いても、何はともあれ子供を産める人、産みたいと考えている人、今後産む年齢に差し掛かる人にバンバン産んでもらうのが、少子高齢化の唯一の打開策である。

LGBTの人たちに対する支援は、高齢者に対する支援と同じように、子育て世代に対する支援に比較すれば劣後すべきものであるという点に関しては、いささかも疑問の余地がない。それを、切り取れば不適切に聞こえる言葉でちょっと強めに言ってしまった、というのが事の真相だと思った方が良い。

とまれ、杉田水脈氏は先の失言をきっかけにその後も炎上を続けており、人権主義者を自称するエセリベラルたちからは、目の敵にされているようである。ちょっとかわいそうかも。

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FBやツイッターといったSNSには、ありとあらゆる批判が飛び交っているが、それらは大きく分けると

1、的を得ている批判

と、

2、的を全く得ていない批判

に大別することができる。1は良い。批判は思考のレベルアップには欠かせないものであり、議論することによって結論の質が高まっていく。

 

問題は2で、これはただの害悪であると考える。そして残念なことに、決して少なくない数の人がこれを撒き散らしている。大半が文字をちゃんと読めていない、人の話を最後まで聞かないで批判をかぶせてくる人であり、比喩も理解しておらず、文脈を無視して物事に反応している。要するにおバ◯なのかなと思う。

人が自分に2をカマしてきたときには、残念ながら極力波風を立てないように、リングから降りるしかない。話の通じない相手に話をしようとすることほどストレスがかかるものはなく、それが直属の上司にいる場合は転職を、友人にいる場合は別コミュニティへの転出を選択肢に入れておいた方がよいのかもしれない。

自分が人に2をカマしてやしないか?そういう人間にいずれなってしまわないためにはどうしたらよいか?という点に関しては、対策が2つあると考える。1つは良質の文章を大量に読む事、すなわち読書。国語力の欠如はやはり読書量の不足から来る事が多く、時間はかかっても良書をたくさん読むこと療法はない。

 

もう一つは、「物事に過敏に反応しない」と決めて生きることである。7つの習慣用語でいうと、「刺激と反応の間にスペースを空ける」とも表現する。とある主張があったとして、最初の1ー2文にどんなに不快なことが書いてあったとしても、それだけを以って批判の対象としない。気にくわないことがあっても、6秒ぐらい待ってみる。もちろん、うんこを踏んでも、叫ばずに6秒ほど落ち着いて待つ。

政治家の失言があったとしても、どうせメディアが切り取っているだけなのだから、背景の文脈まで一旦は調べてみる。救いようのない桜田元五輪相のような事例もあるけれど、実際はそれなりに意図のある発言が単に切り取られただけである可能性も高い。高齢者が自動車事故を起こしたとして、「ジジイの免許は禁止!」と叫ぶのではなく、高齢者に免許を乱発している警察の怠慢や、高齢者票ばかり気にしている政治家の不実にも目を向けてみる。

書いていて思ったのだけれど、国語力がない人というのは、常に物事に過剰に反応して生きている人と同じ種類の人であるように思える。そういえば近しいところでいえば同僚にも友人にも、国語力が著しく欠如している人間が複数人思い当たるのだけれど、彼らは文字が読めるとか読めないとかにも問題を抱えているが、不思議と怒りっぽかったり、ズレた主張をすることが多かったり、自分のコントロール下にあることとないことの境目が分かっておらず大きなミスをしたりと、生き方にも不具合を抱えているように見える。

そう考えると、STEAM(Science,Technology,Engineering,Art,Mathematics)教育とか言う前に、国語教育を徹底的に強化する方がはるかに大事なんでないの?とちょっと思ってしまう、区長選挙投票日の前日の夜2時。明日20km走だから寝よっと。

羅王

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