※本シリーズは、日本一易しい「弱者のための野辺山ウルトラ完走マニュアル」である。とにかくどんなタイムでも良いから完走したい!という人は参考にしてほしい。

※レース中に声をかけてくださった方、FB申請お待ちしてます。レース中は余裕がなく失礼しました。

(前回までのあらすじ)人生には3つの坂がある。「上り坂」、「下り坂」、「まさか」。老後に楽しむ予定が、「まさか」の事態が発生し、寝込んだ上にハゲてしまった俺。頭部の軽量化には成功したが、筋力や体力の低下と練習不足は否めない。果たして、2年連続の完走ができるのだろうか。それとも、3勝3敗のタイに持ち込まれてしまうのだろうか。

 

(過去のレース記録、今回のチームのキャラ紹介はこちら)

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説明会、前夜祭、事前準備

15時半より、事前説明会が始まった。コースの説明や注意点、去年と変わった変更点などが伝えられる。

野辺山では、絶対に覚えておかねばならない単語が2つだけある。それは、「デカフォレスト」と、「ユプシロン」だ。いずれもギリシャ語?に端を発する単語で、それぞれ「野辺山ウルトラ10回完走」、「野辺山ウルトラ20回完走」という意味だ。まだ通算25回しか開催されていない野辺山ウルトラの頂点に君臨する御大達にして、平たく言うと、「人外」の方々である。

仮に30歳で走り始めて、1度たりともリタイヤしなかったとしても、もう50のオッサンである。体力の低下もあるだろうし、これだけのドラマの詰まった野辺山ウルトラにして、トラブルが発生しないわけがない。それらを乗り越えて10回、20回と完走している方々は、神以外の何者でもない。

デカフォレストにしても、ユプシロンにしても、一部のとんでもなく速い方々を別とすれば、結構な確率で我々一般人にとっての完走ナビゲータになってくれる。彼らの脳には完走までの道筋や戦略が正確にインプットされており、「デカフォレストかユプシロンが視界に入ってれば、完走できる」とまで言われている。

一点だけ注意があるとすれば、一般人である我々のペースは落ちる。しかし、デカフォレストもユプシロンも、一切ペースを落とさない。だから前半付いていくことができても、後半にペースが乱れると、あかんことになる。また、人外であるということはオーラも我々の感知野外になるため、下手をするとその存在に気づけないことも多い。

二流以下の人間は、相手を威圧する必要があるために、不要なオーラを出す。超サイヤ人になりたての頃の悟空がそうだったし、無駄に筋肉を肥大化させて戦闘力を落としたトランクスもそうだった。念を覚えたてのゴンやキルアも、同様。オーラをガンガンに出している人間に、ホンモノはいない。

デカフォレストとユプシロンは違う。彼らに、オーラは皆無である。よく目を凝らさないと、ゼッケンの色が違う以外は、見逃してしまいそうになる。俺がレースで追跡しまくって一番お世話になっている、とあるユプシロンは、25年ぐらい着てるんじゃないかと思しきヨレヨレのTシャツを毎年着て、ヨレヨレになりながら何も持たずに走っている。

100kmもの距離を走ると、俺のように重装備になるはずなのに、手ぶらで走っているランナーがいたとしたら、おそらくそれは高い確率でデカフォレストかユプシロンなはずだ。

 

前夜祭では、恒例のカーボパーティが行われた。パスタ、カレー、焼きそばなどなど、たくさんのカーボが並ぶ。明日は俺のカラダだと10000kcalぐらい使う。たっぷり栄養を摂っておきたい。

 

地元の学生たちによる、ウェルカムダンス。毎年毎年頑張ってくれていて、とってもありがたい。改めて自分がチアガールというカテゴリーを好きで好きでたまらないことを再確認させてくれる。

 

チーム「プロージット」、チーム「サムライ魂」が合同で作ったド派手なTシャツは、広い会場でも異彩を放っていた。これは本番当日にも多大なる力を発揮し、各所で様々な方から声をかけられることになった。おそらくは全野辺山が「あいつら一体なんなんだ!?」と俺たちのことを記憶したことだろう。

実力はないが目立つ。これは、人外の猛者ばかりが集まるウルトラマラソンでは、弱者として必須の生存戦略だ。遅いがゆえに、覚えてもらって、そして声をかけてもらう。その1つ1つが、ミジンコレベルの実力に過ぎない俺たちに、力を与えてくれる。

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3つの「パス」

さて、初めてウルトラに参加するメンバーが初めて訪れた野辺山にそわそわするのとは異なり、あるいは直前までの体調不良や怪我で満足に練習を積めなかったメンバーがそわそわするのとは異なり、百戦錬磨の戦士のくせに1日中そわそわしている漢が一人いた。プリンス海老澤である。

再掲すると、プリンス海老澤はプロバンク社の社員を中心とするチーム「プロージット」、JCの士業や経営者を中心とするチーム「サムライ魂」の双方のファウンダーである。両チームとも、プリンス海老澤が人外の圧力で「マラハラ(マラソン・ハラスメント)」を仕掛けて社員を次々にウルトラマラソンに引き摺り込み、また人外の影響力で同志たちを野辺山まで連れてきた結果として、成り立っている。

俺は「監督」として主にトレーニングやレースマネジメントを担当しているだけで、実質は「顧問」の肩書きであるプリンス海老澤が、全てを仕切ってきた。プリンス海老澤がいなかったら、この場はなかった。ある意味で最大の功労者。俺が今日からの「10%」を支える存在であるのだとしたら、今日までの「90%」を創ってきたのは間違いなくこの漢だろう。
両チームのメンバーにとって、今日の日があるのは全てプリンス海老澤の「おかげ」であり、また見方を変えれば、全てプリンス海老澤の「せい」である。やりたくもないウルトラマラソンに挑戦させられ、大好きだったタバコをやめさせられ、完全自由なはずのプライベートの時間にまで踏み込んでランニングに割く時間を指定させられ・・・となったメンバーは、決して少なくない。約9割だろうか。
ウルトラへの挑戦も、「え?だってみんなのためでしょ?」と心の底から信じており、自分がこれだけマラソンを好きなのだから、他人も必ず大好きになるはずであると微塵も疑わない。誰よりも率先垂範する姿勢はさすがで、体重は10kgぐらい落とし、妻とテレビや映画を見る時間を削ってでも日課のランニングに挑む姿勢は、異常だとすら言える。
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人生には、「3つの大事な坂」があると言われている。「上り坂」、「下り坂」は全人類共通で、しかし3つ目は人によって解釈がいくつかに分かれる。型通り「まさか」を3つ目の坂とする人は多い。俺が今回ハゲたのも、まさかのまさかだった。
食通な人の多くは「神楽坂」を挙げるだろう。神楽坂には不思議と美味しくておしゃれなお店が多い。自分が独身だったら、神楽坂に住んでパラダイスな毎日を送りたいぐらいだ。さらには日露戦争ファンもしくは握手会フェチで「乃木坂」を挙げる人も決して少なくない。乃木大将ほど、司馬史観か否かで評価が分かれる将軍も珍しい。AKSは潰れた方が良い。
一方、あまり知られてはいないが、人生には「3つの大事なパス」も存在すると言われている。
世界最高のエンターテイメントであるサッカーの基本中の基本であり、それをしてバルセロナが世界を制したと言われる、「インサイドパス」。どれだけキレキレのドリブルや翼くんばりのオーバーヘッドやドライブシュートに憧れていても、基礎であるインサイドパスがマスターできていなければ、サッカー選手としての未来はない。抽象度を上げれば、どの仕事どの競技にもこのインサイドパスに相当するものがあり、無意識に発動できるまで鍛え上げることが求められる。
終身雇用や年功序列が崩壊し、大学生、あるいは社会人一年目の時点から考える必要が出てきた「キャリアパス」も大事だ誰かが生涯を通じて自分の人生をマネジメントしてくれる時代は終わり、圧倒的な主体性や能動性がなければ、誰かにコントロールされる未来が待っているだけになる。どの分野で他人と差別化し、どの分野で競争優位を築いていくのか。一人一人が試される時代になっている。
最後の「パス」は、もっとも重要。人の人生は9割方、他の人たちとの関わり合いによって決まると言ってよく、素晴らしい師や友、ライバルと出会えたならば、それは運が良いことだし誇って良い。きっとその人たちは貴方にとってかけがえのない存在であり、貴方の話をよく聞いてくれ、人生の角度を少なからず上向きにさせてくれる力を持っているのだろう。
そうではない、つまり、他人の人生に「災厄」をもたらす種類の人間もいる。基本的に自分のことしか考えておらず、他人に対する無茶振りは当たり前。法律?俺のことだろ?王様?俺のことだろ?食べるためのパンがない?じゃあケーキを食べればいいじゃないか?とマリーアントワネッティなことを平気で言う。最近で言えば、俺か、俺以外か。
他者からはおよそ理解のつかない精神構造をしており、また同時に他者に対する興味も一切なく、流川楓をはるかに超える極上の天上天下唯我独尊を誇る。そう、「サイコパス」である。そして重要かつ悲劇なことに、プリンス海老澤は最高純度のサイコパスである。
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サイコパス列伝

プリンス海老澤のサイコパス列伝には、事欠いたことがない。放っておいても、各所から精神構造のねじれを疑うしかないサイコパスネタが報告されてくる。一度、こんなことがあった。
プリンス海老澤と初対面で会話したとき、この漢はそれはそれはイケメンに見えた。いや、実際にイケメンであり、「3高(高身長、高年収、高温多湿)」を誇る高収益物件である。俺は、「いやー、海老澤さん、モテるでしょう!」と話しかけた。普通、こういうとき、人は仮にモテたとしても、「いやいやいや、全然ですよ」とか、「いやー、羅王さんこそワイルドだしモテるでしょう?」と返すものである。
ところが!プリンス海老澤は、真顔でこう答えた。
「そうですね、モテますよ。でも僕、B専なんですよね。。。」
この回答には、3つ、おかしい点がある。
まず、俺の記憶が確かならば、ここは日本である。謙譲と忖度こそが我々の美学であり、横柄極まりない大阪人ですら、「儲かりまっか?」と聞かれたら、「ぼちぼちでんがな。」と答えるのがお約束である。俺ですら、「いやー、羅王さん、ガタイ良いっすね!」と言われたら、「米軍に比べたらモヤシですよ!」と返すのを忘れない。
それをこの漢、「イケメンですね!」という最恵国待遇な褒め言葉に対して、一瞬の逡巡すら見せずにイエスを言う。「それでも人生にイエスと言う」とは、かのヴィクター・フランクルの名著。アウシュビッツに収監された著者が、想像を絶する苦しみの中にいる状態でも人生に希望を見出すために、そんな人生にすらイエスと言うことで精神の荒廃を防いだという、そんな話なのだが、プリンス海老澤のイエスは非常に恵まれた者のそれにしか聞こえない。

次におかしいのは、「でも」という接続詞である。
通常、「でも」は、文章の前半と後半で真逆の主張をする際に使う。「彼は粗暴だ。でも、優しいところもある。」とか「Aちゃんの二の腕はとても柔らかい。でも、パイ乙の硬度はダイヤモンドのごとくだ。」とか、そういった使い方をするのが普通である。
しかし今回の場合、「モテますよ」と「B専なんです」の間には、論理のつながりが一切ない。強いて考えれば、「モテるので美女はたくさん寄ってくるのだが、自分はそういった美女には一切興味がない」と言っているようにも聞こえるが、それは人類の半分を占めるオスたち全員を敵に回す思考なのではないだろうか?
最後に、「B専なんですよね。。。」の部分。
プリンス海老澤は、愛妻家である。妻とどんな話をしたか、どんな映画を見たか、事細かに教えてくれる。初対面のときもいろんな話をしているうちに盛り上がり、「今度妻を紹介します!」と言ってくれた。「うちのカミさんがさぁ・・」と、悪妻恐妻列伝を酒のつまみに新橋駅の高架下に集う日本のサラリーマンとは一線を画し、「俺の妻を見ろ!」と競う欧米人エグゼクティブのように家庭を誇る姿は、尊敬に値する。
がしかし、俺は最初に聞いた「B専」という言葉が頭から離れず、期せずして奥方への面談が叶った際には、どんな顔をして会えば良いか悩むこととなった。俺にはやはり、ニコニコしながら「B専なんです」と「今度妻を紹介します!」を並列させてしゃべるサイコパスの思考回路は、理解できない。(実際は綺麗な方だったので助かったし、ここで書けるネタになったのでイエスと言いたい)
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サイコパスがみんなこうだとは言わないが、プリンス海老澤の話には基本的にオチがない。ところが、話全体として俯瞰して見れば壮大なオチが形成されている、というケースは、決して少なくない。しかも本人はそれに気づいておらず、周りがあとで回想している時に「あんときってすごかったよね」となっているケースがほとんどである。
抽象化した例が一番わかりやすいと思う。たとえばこんな感じである。プリンス海老澤は、俺にマラソンに誘われて以来約2年間、早起きして毎朝走っている。時間に忙しい経営者にも関わらず、優先順位をつけてきっちり運動する時間を取っている点はとても素晴らしい。
新しくマラソンに誘ったメンバーは、不思議に思う。この人は忙しいはずなのに、どうやって時間を作っているのだろう?そして聞く、「プリンス海老澤は、どうやって朝早く起きて走ってるんですか?」と。
俺が同じ質問をされたならば、こんな回答をする。
「早く起きるためには、前日に寝る時間が大事です。だから寝る時間をセンターピンにして、それを守るようにしてます。」とか、「朝早く起きても二度寝しちゃうとアレですよね。だから次の日走る場合は、ランニングウェアを着たまま寝るようにしてます。どうせ着替えるんだし。」といった感じである。
これが、プリンス海老澤の場合はこうなる。
「なるほど、良い質問ですね。早く起きて走る秘訣ですか。。。
それはですね、2つあるんですけども・・・
聞きたいですか?
ええ、今日だけ特別に教えましょう。
私が独自に編み出した方法、
それは・・・
早く起きて、そして走ることです!!!」
どーん。
冗談じゃないかと耳を疑う人もいるかもしれないが、これはプリンス海老澤と話していると特によくありがちな展開である。
当たり前体操芸人なんじゃないかと思うぐらい、当たり前のことをものすごくもったいぶって言う。聞いた側は、もっと深く視座の高い回答が来ると思って身構えているから、豆が鳩鉄砲を食らったがごとくきょとんとした顔をする。その顔は、きっと相手が自分の回答に感動しているからであると思い込んでいるサイコパスなプリンス海老澤は、我が意を得たりとうなづく。
本質論は、本質論であるからこそ抽象的で、伝わりづらい。だからこそ俺のような二流芸人は、本質論を下ごしらえしたり、味付けをしたり、調理の仕方を工夫して相手に届くように腐心する。・・・のだが、プリンス海老澤の場合はそういう工夫をすることが一切ない。自分が思い込んでいることをそのまま伝える。そして、思い込みが強いがゆえに、不思議と伝わる。
こうしてちぐはぐな、しかし全体として見ればwin-winなコミュニケーションが形成され、そしてプリンス海老澤と話したあとには頭にハテナを浮かべたまま、なぜか説得される人間が大量発生するという事態が起こる。プロージットもサムライ魂も、こうして多くの夢遊病者がよく分からないままウルトラマラソンにエントリーさせられるという形で、今日までの道のりを歩んできた。
そして、そんなサイコパスなプリンス海老澤が、この日に限って妙にそわそわしていた。
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そわそわする漢

プリンス海老澤は、すでに百戦錬磨の漢である。しかしそんな漢が妙にそわそわしている。
ウルトラに緊張していたわけでも、顧問としてメンバーを率いている責任感に怯えていたわけでもない。そんなものはとうの昔に乗り越え、満を持してこの野辺山に乗り込んできていた。フルマラソンやウルトラマラソンのレースにはほぼ毎月出ており、準備や完走プランに関しても完璧に近い。この野辺山も、去年は死にかけながらの6分前ゴールだったが、今年はトラブルさえなければ10時間切りすら果たすかもしれない。
そのプリンス海老澤が、妙に落ち着きがない。無駄に大きな動きをしたり、不必要にメンバーを集めて写真を撮ったり、知り合いも大していないはずなのにきょろきょろしたり、歩き回ってみたり。プリンス海老澤がそわそわしていた理由は、実は一つしかない、それは、
誰かに「プリンス海老澤さんですか?」と話しかけられたくて仕方がなかった
からである。
プリンス海老澤がこのブログに初めて登場したのは、昨年の野辺山完走記。
この年、俺は3年ぶりに野辺山ウルトラを完走することができ、喜びもひとしおだった。そしてその完走を支えたのは、プリンス海老澤をはじめとするプロージットの面々を率いることになった責任感、そして共に通ったジムでフィジカルを強化していたおかげだった。
そこでプリンス海老澤に初めてご登場にいただいたのだが、俺が野辺山の地でいろんな人から声をかけられるのを見て、
自分も来年は声をかけられる存在になりたい!「プリンス海老澤ですか?」と言われたい!
「プリンス海老澤ですか?」と聞かれて、「えぇ、プリンスですが何か?」とサイコパスな受け答えをしたい!
と感じたのだとか。実際、俺のブログに登場するチームメイトの「熊」や「ザック」などは、そこそこにレース界隈では知られているらしい。たまに俺の顔を見て「熊さんは元気ですか?」、「ザックさんは今もチャラいんですか?」と問いただしてくる人もいるぐらいだ。インフルエンサーなどと自負するつもりはないが、マニアックな世界ではちょっとだけ知られた存在であることもまた事実であるようだ。
こうなるとしつこいのがプリンス海老澤。野辺山に着いてからは、1時間ごとぐらいに、「何人から声かけられました?」とチェックが入る。
例年だと写真を撮ってくれとか言われることもあったのだが、今年はそれがなく、声をかけられることもほとんどなかった。それをプリンス海老澤に言うと、とても嬉しそうな顔をしていた。俺は知っている。こういうときにプリンス海老澤が望むのは、そこそこの数字で、かつ自分より低い数字である。
陵南高校の仙道君も、湘北のエース流川楓と対戦した際に言っていた。
やっぱりこいつとの1on 1はおもしれー。負けん気の強さとタフな精神力と、県内随一の得点力を持っている。そして、最後に俺が勝つからだ。勝つから楽しいんだ。
非常に分かりやすい承認欲求を前面に押し出してくるプリンス海老澤は、果たして1泊2日の旅程を通じて4プリ(4回「プリンス海老澤ですか?」と話しかけられる)を獲得することとなった。かく言う俺はというと、なんだかんだと20回ぐらい声をかけられた。
レース後に正直に数字を言った瞬間、表情が曇ったプリンス海老澤の顔を、俺は忘れない。視聴者の皆さま、めんどくさいので来年こそは
プリンス海老澤
プリンス海老澤
プリンス海老澤
をよろしくお願いいたします!!!
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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!
我が生涯に一片の悔いなし!!!

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